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長編小説『becase』 34

「いや、焦るなよ……」
そう言ってでんぱちの随分と勿体ぶる態度にまた腹が立つ。ただ場所を言えばいいだけなのだ、そんな前置きなんていらないから、ただその場所の単語だけを並べればいいだけなのに。

「だから、どこなのって聞いてるのよ!」

「昨日、俺があの店で彼に会ったって言ったろ?」
場所を言えばそれで終わる会話なのに、でんぱちは昨日の話を始めた。早く場所を言ってしまえという気持ちを持っているはずなのに、彼の出てくる話はそれはそれで聞きたいとも思ってしまう。私はきっと、もうどうしようもないくらいに彼が好きなのだろう。

「聞いたわよ。それで?」
強い口調を私はでんぱちに吐いた。

「その時な、少し話したんだけどな……。俺……こう言ったんだ。愛する彼女の手料理の方が美味しいんじゃねえかって……」
なかなか話が進まない事にどうしてもイライラが隠せない。でもそののろい話の中には確かに彼がいて、私は少しだけ彼の首元の匂いを思い出した。

「そしたら、もう彼女はいないんですって答えたんだよ。最初は言っている意味が分からなかったけど、あー別れたのかってそう思ったんだよ」

「それで?」
でんぱちが一度大きな咳払いをしてから話を続けた。

「あーそれでな、俺言ったんだ。あんな奇麗な彼女を離しちまうなんてお前は罪な男だなって」
一つ気付いた。奇麗という言葉は誰にとっても嬉しい言葉であって、誰に言われても嬉しい言葉だって思っていたけど、今でんぱちに私の事を奇麗と言われても、何にも感じるものがない。それよりも少しの嫌悪感というか、急にでんぱちに変な警戒心を抱いてしまう。

「そしたら、ええ僕もそう思いますって答えたんだ」
それでもやっぱり奇麗って言葉は嬉しいものだった。それが彼の口から出た言葉であれば。

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