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長編小説『because』 61

「会わせたい人?」
と聞き返す前には、彼が今日私をわざわざ起こして、ここまで連れて来た理由がそれだったのだと理解していた。彼のその言葉に反応する私は驚く程に早かったのではないだろうか。だって、彼と一緒に家を出てから、今日彼は私をなぜ連れ出したのだろうという疑問を、本当はずっと考えていたし、そんな事無視してやろうと思ってはいるものの結局無視なんかできていなかったのだから。
「うん。友達なんだけどさ」
彼が友達と言う言葉を発する事が、これまでに何度あっただろうか。彼には友達がいないのか、それとも端から見れば友達のような関係の事を彼が友達と見なしていないのか、そしてそういった人たちの事を友達とは別の言葉で呼んでいるのか、そんな事は知らない。でも、彼は今間違いなく友達と言っていて、だから素に考えればこれから私が会うであろう彼の友達はきっと、彼の数少ない友達の中の一人なのかもしれない。
「うん」
としか言う事ができなかった。「どういう人なの?」とか「どこで会うの?」とか聞いてもよかったけど、聞く必要がないと直感的に思った。それは多分、彼が「これ以上言う必要はない」という空気を漂わせていたからである事は間違いない。私は私の欲求を押し殺して、言葉を呑み込んで、その内「だってこれから会うんじゃない」と自分に向けて言葉を発していた。

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