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【連載】カーニバル 第4回/全5回

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「今日は冷えるって言ってたよ。なんか数年に一度しか来ないような寒波なんだって」
「数年に一度か……。どうして今日に限ってそんな日に当たっちゃうんだろう」
「さーな」
圭介はモスグリーンのフリースを上に羽織って、私たちは外に出た。痛い程の冷たい空気が私の顔いっぱいに貼り付いて、剥(は)がれなくなる。
「寒い」
と私が言うと
「寒いな」
と圭介が言った。
 家の鍵を閉めて、私たちは一年に一度開かれるそのお祭りに向かうために歩き出した。
「でも深夜から祭りを始めるなんて聞いたことないよね」
「そーだな。なんかちょっと変わってるよな」

 私たちがこの町に越してきたのは一ヶ月前。まだ今程の冷たさを感じない頃だった。「転勤とか絶対にないよ」と圭介が最初に言っていたから、私は安心して保育士の仕事を続けていたのに、「ごめん、転勤になったよ」と二ヶ月前に圭介が言い出したから、私はその幼稚園を辞めざるを得なくなった。普通だったら年度末まで保育士の仕事なんて辞められないはずなのに、私がそのことを園長に相談すると、なぜかその話は随分とスムーズに進んで、私はいとも簡単にその幼稚園を辞めることができた。
「結婚するんだから」
と園長の私への配慮だったのかもしれないけれど、毎日一緒にいた子供たちには少し悪い気もした。私がその子たちに辞めることを伝えると、中には泣いてくれる子なんかもいて、その時だけは圭介を少し恨んでみたりもした。そんな話を圭介にすると「子供を泣かせるなんて、俺は最低だ」とか言って本当に落ち込んだりしているから、結局私は圭介を慰めてしまっている。

「歩いて十五分くらいだよね?道分かるかな……」
「大丈夫よ、ちゃんと地図書いてあるから」
〝真夜中のカーニバル〟と大きく書かれたその紙を私は広げて地図を見た。全て手作りのそれは、なんだか地方のお祭りの匂いを感じさせる。簡素に書かれた地図を見ると、本当に目的地に着けるのだろうかという不安が生まれたりもする。
 真っ暗な寒空の下、私たちは頼りない地図を頼りにその目的地に向かう。外灯だってあんまりないし、ほとんど土地勘のないこの場所で、しかもこの寒さの中、もし迷ってしまえば家に戻ることもできないんじゃないかって思ったりもするけど、とにかく隣に圭介がいれば何の問題もないようにも思えた。
「本当に寒いな。東京では夜でもこんなに寒いことはなかったんじゃない?」
「本当……。なんかこっちの寒さは、寒いって言うより痛いもん」
「あー痛い痛い。耳なんか切れそうだよな」

私たちはまだ越してきたばかりのこの土地の寒さに文句を付けながら歩いた。外灯の少なさにも文句を付けたし、風の音以外なにも耳に流れてこないこの静けさにも文句を言った。いくら文句を言おうとも、それらの一つも拭えはしなかったけれど、そんな会話の中で私はたまに笑ったし、圭介もたまに声を出して笑った。そう、多分私たちはこの土地に文句なんて始めからなくて、ただ話のネタが欲しかっただけなのだと思う。お互いが少しだけ笑い合えるようなそんな些細なことをいつだって必死に探しているのだと思う。じゃなきゃ、よく分からない〝カーニバル〟なんてものに私たちがこれから行くだなんておかしい。私は圭介に笑って欲しいし、たぶん、圭介も私に笑って欲しいんだと思う。だから場所なんてどこでもいいんだ。日本の中心であろうと端っこであろうと、とにかく、すぐ側に圭介がいるかいないかが私にとって重要なんだ。十万円もしたベージュのダウンジャケットよりも、茜ちゃんよりも、私が一番身近にいて欲しいのは圭介だった。


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