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長編小説『because』 80

素直に嬉しかった。たとえそれが彼から出た嘘の言葉だったとしても、私はその言葉を純粋に喜ぶ事ができた。その時はそれでよかったんだ。それに彼がそう言った言葉は嘘なんかじゃなくて、本心だった事も後になって私は知る事ができた。私に笑っていて欲しいのではなくて、私は笑っていればよかったのだ。彼はそれ以上の事を私に求めていなかったし、求めようとする気持ちもない。それは酷く冷たいあしらい方だった事に、この時は気付く余地もない。
 私が彼に言った「好き」という言葉に対して彼が返した言葉の真意は分からないままだったけど、私たちはより頻繁に会うようになり、手を繋ぐ事もあって、キスを交わす事もあった。やがて私たちは同じ家に住むようになって、きっとあの時の答えは私にとって良い意味の答えだったのだと思うようになっていた。そうでなければ、私たちがまるで恋人同士がするような事をする訳がないし、彼はいつだって優しく私の頭を撫でてくれていた。二人してソファにもたれ掛かり、私は彼の胸に頭を預けながら「好き」と小さな声で呟く。彼はいつだって「俺も」と答えてくれた。「俺も」「俺も」といつだって答えてくれたけど、彼が私に対して「好き」と言った事はあっただろうか。

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