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長編小説『because』 66

「幼なじみなんだ」
彼がやっとその言葉を口にしたのは、その人のパスタがテーブルに運ばれてきた頃で、それまでの間私たち三人はほとんど会話を交わす事なく、それぞれのグラスに注がれている水を飲んだり、空になったワイングラスを弄んだり、ガラスの向こう側で行き交う人々に視線を向けたりしていた。

 お店にはまだ私たち三人だけしかおらず、お店全体が奇妙な程の静寂に包まれているようで怖いくらいだったけど、その静寂は居心地の悪いものじゃなかった。彼とその人は会話を交わす事自体に重きを置いていないように見えたし、カウンターの奥にいるウェイトレスの女性も、はち切れそうなシャツを着ているパスタを作っている男性も、ほとんど会話を交わさない私たちを不審がる事なんてなく、むしろその静寂を静かに見守っていてくれているような安心感さえ感じる程だった。
「幼なじみ?」
と私は彼の方を向き、聞いた。
「そうそう」
といったのはその人で、右手にフォークを持ち、左手にスプーンを持って、今まさにパスタを食べようとしている所だった。
「最初はいつだったかな?」
彼はその人の方を向いていた。
「幼稚園だよ。入園式の時、隣に座ってた」
スプーンの上でフォークにパスタを絡ませながら、その人は答えた。

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