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人のお金

燃料を積まずに海に出るなら、
手で漕ぐか、帆を張るより他にない。

人力、風力、潮の流れ。

自然の力学だけで荒波に臨む航海は、
高潮に飲まれ、疫病に見舞われ、
飢餓に襲われ、
いとも容易く、転覆する。

生き残るためには、
燃料を獲得しなければ。


会社において、
例えるなら資金とは、燃料である。

そしてそれをビタ一文たりとも積まずに、
当社は海に漕ぎ出した。

その当社が、
3,000万円もの資金を獲得する。
2015年11月のことだった。


2月にサービスをリリースしてから、
どれだけの投資家に断られただろう。

資金調達は、
とにかく時間がかかる。

なぜ時間がかかるかというと、
きっと、断られるまでにも時間がかかるからだ。

それも、月単位で。

投資家に初めて会って、
その場で断られるということは、
まずなかった。

多くの場合、
時間をかけてじっくり断られる。

時間をかけて、いろいろ資料を送付して、
ディスカッションを重ねた結果、
はっきりと、というよりむしろあいまいに、
いずれにしても断られる。

その繰り返しだ。


スタートアップ。
ネットベンチャー。

世間にどう映っているかは知らないが、
この業界にはとんでもない天才が
ゾロゾロいる。

そしてみんな
とんでもなく、若い。

若き天才たちが、若さにまかせて
死ぬほど努力している。

同じく若き競合と、鍔迫り合いを繰り広げる
若き天才の戦場。

スタートアップは、そういう世界だ。

去年までイナカでミシンを踏んでいて、
いきなりネットの事業を立ち上げた
40手前のおっさん。

重ねた歳に釣り合わない、己を恥じる。

足もとにも及ばない。
はじめから、お呼びでない。

2021年現在、今もってなお、
若き天才たちの後塵を拝するのが精一杯だ。

だから若い人が選ばれるのは当然で、
わたしが投資家から選ばれないのは、
あたりまえのこと。

むしろわたしなどに、
わざわざ時間を割いて下さるだけでも、
心から感謝する。


でも、だからどうした。

キラキラした経歴はない。
ピッチの滑舌は悪い。
若さもない。

目も当てられない、この配牌。

それでも、この遠い配牌から、
手役をつくるよりほかに、選ぶ権利はない。

卓につかせてもらえるだけ、ありがたい。
わたしには、この事業をやる理由がある。


遠い手牌を、ていねいに育てて、
時間がかかってようやっと、
嵌チャンのドラでも引き入れるみたいに、
ついにわたしは、選んでもらえた。

数度に渡るディスカッションを経て、
ついに1社から、
投資の意思決定をもらえた。

意思決定してはもらえたものの、
1社だけでは調達予定額に満たない。

着金は、そろってからだ。
ほかの投資家とのミーティングは引き続く。


そしてその時点で、
今月末の家賃を払えないことは明らかだった。

その後も、入金のメドはない。

日雇いのバイトなどで賄えるはずもなく、
頭を下げ倒して、
支払いを待ってもらうよりほかにない。


投資会社の社長は、
そんなことお見通しだったのだろうか。

家賃を払えないことを話すと、
なんと出資額を先行して貸してくれるという、
信じられないご支援をいただいた。

ほかに投資家が集まらなかったら、
返すあてなど、あるはずもない。
本当に、いいのか?

ああ、信じられない。

家賃が払える。
最低限とはいえ、給料を払える。


かえり道。
あたたかくも、突き刺すような西陽。

最寄駅で電車に乗らずに、
ふた駅ぶん、歩く。

人のお金、数百万。
震えるも、撫で下ろす。

首の皮。
ほんとうに、首の皮1枚。

捨てられて、断られ続けて、
やっと、一勝。

二度とこの方角に、足を向けて寝られない。

そしてもう、
もう二度と、後に退けない。

新たな投資家を探しながら、
開発に投下する。

人のお金。
責任と、その質量。

義理。
この世のすべて。

義理を受けたら、
必ず報いなければならない。

たとえこの先、
どれだけ大きな代償と引き換えになっても、
どうかいま、わたしが、
この責任を受け容れられる器であることを。



(つづく)

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