見出し画像

「上げて落とす」スタイル 〜上げ1〜

2015年11月。
ついに最初の資金調達に成功した。

nutteのリリースから9ヶ月。
その間の事業資金は ほとんどない。

サービスの改善どころか、
食うや食わずの日々を過ごした。


わたしは会社に住んでいた。

正確には、
嫁が出て行って ひとり残された自宅を
会社にしていた。

1LDKの賃貸マンション。
リビングを執務室にして、寝室は会議室にした。

夜は折りたたみベッドを広げて、
会議室で寝た。

ベッドを折りたたんで、私物とまとめると、
私生活のすべてが、たった1畳に収まった。

その1畳のエリアをパーテーションで仕切って、
会議室の隅っこに隠して、
創業メンバーと働いた。


資金ゼロで事業を立ち上げるのは、
キツイ。

これから起業する人には、
断じてオススメできない。

不可能とまでは言わないが、
なにせ給料を取れない。

事業資金を獲得するか、利益を上げられるか。
いつ終わるとも知れない、無収入の日々。

笑えるのは、はじめのうちだけで、
何かの支払いが滞りだすと、だんだんキツくなる。
そこから抜け出すきっかけが掴めないまま
どハマりが続くと、いよいよキツい。

不安に取り込まれそうになる。

油みたいにドス黒く粘りついて、
足に絡みつくような、不安。

風呂上がり、
鏡に映る背中に、目を疑う。

背中の皮膚一面を
大小のブツブツが真っ赤に覆っている。

見た目にも明らかな、体の変化。
その恐怖は 筆舌に尽くし難く、
飲めない酒でも飲まないと寝られない。

ずっとこの沼の粘りにハマったまま、
本当はもう二度と抜け出せないんじゃないのか。


今も背中に残る湿疹の跡を見るたび、
ドス黒い油の沼を連想する。

もしかしたら、誰しも人生には、
そういう澱みにハマるような時期が
あるのかもしれない。

それとも普通は、もう少し賢く、
こんなふうに行き詰まらずに生きられるのか。

それでも、幸運なことにわたしの場合は、
9ヶ月で抜け出せた。


それからの航海は、おもしろいように
晴天と追い風に恵まれだした。


年末に開催される
大規模なベンチャーカンファレンスにおける
ピッチコンペで、準優勝を果たした。

前年のTOKYO STARTUP GATEWAY以来の
大掛かりなもので、何段階かの審査を経て、
ファイナルのピッチコンペに選抜された。

優勝こそ逃したものの、テック系のメディアで
大きく取り上げてもらえた。


年明けには
経済系のテレビ番組で特集された。

テレビ東京系のWBS(ワールドビジネスサテライト)だ。

年始早々、
確か1月3日か4日あたりだったと思う。
突然 会社の電話が鳴り、取材の打診を受けた。

放送は1月18日。
地方の職人にも取材に回る。
正月気分など一瞬で吹き飛んだ。

縫製業界の現状と、
個人の縫製職人にスポットライトを当てられる、
いい構成で取材してもらえた。

並行して、職人登録の説明会を催すことにした。
番組の放映タイミングに合わせて
募集をかけられるよう準備した。

当日。
番組放送中から、
信じられないほどのPVが発生した。

東京と大阪で募集している
職人登録説明会は即時満席となり、
合わせて数百人が来場した。

サービスの知名度が一気に跳ね上がった。
追い風はさらに続く。


(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?