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二月三十一日の世界

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あり得ない日々の出来事を綴った短編小説をまとめたもの。
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ブリキの満月について

ブリキの満月について

 月が綺麗と喜ぶ気持ちは分かるけれども、あれは書き割りの空に吊られたブリキです。だから、あんなに綺麗なのです。大体、本物の月はあんなに光ったりしませんよ。本物は光り輝く偽物の裏に隠れて、修繕作業の真っ最中です。

 月のアバタは酷いものです。偽物ですらあの有様ですから、本物はもっと傷んでいるのです。磁気嵐や太陽風は、お肌にとても悪いのです。その上、月はお年寄りです。満ちたり欠けたり、地上の人々を欺

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海に沈んだ

海に沈んだ

 たった数行の手紙すら書き終えることができません。率直な気持ちを書き連ねても二言三言で止まってしまう。不特定多数に読まれるのであれば、このような気苦労もなく、気のきいた冗談でも思い浮かぶのでしょうが、素直な言葉をまとまった形にするのは気恥ずかしくもあり、なかなか上手くいかないものです。

 あの日は雪が降っていましたね。プラットホームに人影もなく、並んでベンチに座っていました。覚えていますか。とっ

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ラーメン戦記

ラーメン戦記

 暖簾をくぐると店員に空っぽのドンブリを手渡される。何に使うか店員に問うてみれば、「頭に被ってください」という返答。何が何やら分からないまま、いわれるままに被ってみると、案外、頭にフィットする。帽子ではなく陶器であるから、いささか重みはあるものの、安定感は抜群だ。

「三番射出口、スープ出ます!」

 威勢の良い声が響き渡り、熱帯雨林のスコールさながら、凄まじい勢いで頭上からスープが降り注ぐ。ずぶ

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