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Suncouver 〜January ママ友と呼ばないで〜

「Eri, Can you call my mom?」

子供の友達から、下の名を呼び捨てにされることに慣れるまで少し時間がかかった。

日本にいた時、私は「さきちゃんのママ」、もしくは「岸田さん」と呼ばれていた。「恵里」という私の名を呼ぶ人は、夫か長年の友人か親兄弟くらいで、当時は幼稚園の年長だった娘のママとして人と接する人が多かったこともあって、昼の間、「恵里」は私の中からひっそりと姿を消していた。

「さきちゃんのお母さんですよね?」
「さきちゃんのママに聞いてみようか」

「岸田さん」も然り、「さきちゃんのママ」という呼び名が、付かず離れずの距離を保つのも、「恵里」を隠しておくのにもちょうど良かった。

それでも、少し仲良くなるとたまに「恵里さん」と呼ばれることもあったがその数は少ない。

日本にいるときは、ママ友のことを下の名前で呼ぶことに躊躇があった。ましてや、呼び捨てにするなんて絶対に無理だった。
かといってなんて呼べば良いのかわからず、子供同士の距離感や相手の接し方に合わせて微妙に呼び方を変えたりしながら、曖昧な表現でママ友の輪を漂った。

しかし、カナダに来てから、私は「Eri」になった。
誰も彼もが私のことをEriと呼ぶので最初は面食らった。

「Eri」はさきちゃんのママでもなければ、長年紡がれた「岸田家系譜」を常に背負っているわけでもない。

「Eri」は紛れもない私自身だった。

子供が現地の学校に入ると、子供の友達を通してそのお母さんと知り合った。

彼女達の間でも、やはり私は「Eri」だった。

そもそも「ママ友」なんて単語は存在せず、それどころか、彼女たちのことをそう表現をしたら不快になるだろうな、と想像するとククッと思わず笑ってしまいそうになる。

彼女達はきっとこう言うだろう。

「えーっと、ママ友?それって何?私は、友達だと思ってたんだけど...」

「それなりに気が合うと思ったら、私はあなたのことをFriendと表現する。Friendとも呼べない距離の人でも〇〇のママと表現したりなんてしないな」

「ママ友っていう定義、ものすごく狭い人の見方だと思うんだけど」

そんな言葉が飛んでくるのが想像できる。
(そのくせ「I know her through my kids but she is NOT my friend!」と言ったりしてそれぞれの関係性にちゃんと定義はあるみたい。)

それもそのはず。
5歳かそこらの子供の友達ですら私のことを「Sakiのママ」であると同時に、「Eri」だと認識しているのだから。個人主義というのはこういうところからも来てるんだなあ、なんて妙に納得したりする。

冬の長い雨が少し足を弱める1月と2月。
雲の隙間から、私に与えられた名前に光が当たる。

私は「Eri」でいてもいい。
堂々と。

そういう風に認められたようで清々しい気持ちになる。

しがらみや荷物を、雪に溶かして。

つづく

****☺☺☺****
カナダで暮らして20年。たくさんの人達と出会い、永住する人、帰国する人、そのあいだの葛藤と希望を見てきました。
「永住するってどういうこと?」をテーマに、オムニバス形式で、限りなくノンフィクションに近いフィクションを綴っていこうと思っています☺
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