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M L Casteel 『American Interiors』 (2018, Dewi Lewis Publishing)【写真集レビュー】

深刻かつ複雑な問題に向きあうとき、簡潔で明快なコンセプトに基づいた控えめな表現が、刺激的で生々しい表現に比して、むしろ説得力のある強いメッセージとなる場合がある。アメリカの写真家 M L Casteel は『American Interiors』において、退役軍人が所有する車のインテリア写真をとおして、彼らとアメリカの抱える苦痛やその問題の深刻さについて静かに問いかけている。この本を構成しているのは、小さなデジタルカメラで車の内部を撮影した写真だけだ。それらは写真家が、退役軍人病院に患者の世話係として勤務していた7年間に撮った、何千枚かの写真の中からセレクトされている。

彼らの抱える痛みを視覚化し表面化させる手法としては、ポートレイトを撮ることやインタビューを記事にすることが王道なのだろう(そういったプロジェクトは多くの写真家やジャーナリストが行っている)。実際のところ、Casteelもそのように考え、プロジェクトがスタートした当初は、4X5の大判カメラでポートレイトを撮影し、インタビューを行っていたようだ。しかしながら、それが自身が求めているものとは違うと感じた写真家は、友人との「何気ない会話」をきっかけに車内の写真を撮り始めた。私的と公共の中間的な場所、一時的に過ごす車の中は、自宅のインテリアと比べると本人が意図的に整えたりしない、心の内面が正直に現れる空間になっている。心理療法のひとつに「箱庭療法」があるが、自動車というフレームの中にさまざまなモノが配置されたありようは、彼らが制作した「箱庭」と見立てられるかもしれない。

写真には手掛かりとなるモノがたくさん写っている。聖書、銃、ナイフ、歯ブラシ、ヘアブラシ、杖、汚れた下着、家族の写真、マグカップ、食べかけのハンバーガー、缶詰の空き缶からあふれるほど溜まったタバコの吸い殻、やりかけのクロスワードパズル、子供向けの人形、注射器、アメリカ国旗、幸運のお守りなど。プラスティックのコップについた口紅やヘアブラシから、女性であることに気付かされる。杖からは身体に障害をおっていることが、歯ブラシや汚れた下着からは、そこが生活空間になっていたことが想像できる。自動車の内装とそこに染み付いた汚れやゴミ、生活の中で使われている道具といった非人間的なモノが人間を語る。説明するような文章は一切書かれていないが、これらの写真が一貫して運転席から撮られていることで、写真集を見る人々と写真家のあいだに一種の共謀関係が築かれる。

兵士として戦争や紛争に関わったことで負った身体的・精神的な傷を治療するために、病院に通うことを余儀なくされている人たちについての写真は、「戦争写真」と位置付けることもできるだろう。戦場などのスペクタクルを撮影した生々しい写真や、美しい写真とは対極的なもの。そこに属しているという感覚よりも、居心地の悪さや不快感によって特徴づけられる空間を提示し、現代のアメリカが抱えるディストピア的な闇を映し出している。戦争やテロなどの残虐行為と写真=映像の関係性について書かれた、スーザン・ソンタグ『他者の苦痛へのまなざし』の中で引用されたことば、「誰かを殴るという行為はその行為について考えることと両立しない」は「苦しみを持つ者に対する直接的な表現が、必ずしもそれを見たものが苦しみについて考えることの手助けにならない」と言い換えられる。写真は本質的に対象への攻撃性を持ち合わせているが、ここでソンタグは「対象から一歩引いて考えることは間違っていない」と述べている。そこには、いくら写真が苦痛をリアルに語ることができても、他者の苦痛は、それを経験した本人にしか理解することはできない、という自戒の意味が込められている。

アメリカ人にとって自動車は特別な存在であり、自分の意思で自由に生活できることのメタファーだ。スティーヴン・ショアの『American Surfaces』は1972年から73年にかけてニューヨークから南西部へと移動しながら撮影された。これは、ベトナム戦争でアメリカ軍が大規模に介入していた時期と重なっている。ショアは旅の中で目にした全てのモノ、全てのヒトを等価に記録するように撮影した。そのなかで車内から撮影されたと思われる風景写真は多数あるが、意外にも車内を写した写真はポートレイト数枚しかない。そして2008年に発売されたPhaidon Press版(現在のところ、これがシリーズの完全版という位置付け)の最後の1枚は車内で撮影されたウィリアム・エグルストンのポートレイトとなっている。自由を象徴するロードトリップで車内から外の風景を撮影した『American Surfaces(アメリカの表層)』、不自由さを象徴するものとして病院に駐車されている自動車のインテリアを撮影した『American Interiors(アメリカの内面)』。この写真集は、ショアの『American Surfaces』と対比的でありながら、連続し補完するものと意図して制作されたのではないだろうか? 表紙のデザインが1970年代に流行したようなストライプ柄となっていること、ショアがモーテルやレストランで撮った写真とは共通点が感じられることから、そのような印象を受けた。

最後に、写真集の最初に載せられている、退役軍人の実情についてのデータをそのまま翻訳して転載する。

平均して、最近軍を去った大学教育を受けた退役軍人は、彼らと同等の教育を受けた民間人よりも年間10,000ドル収入が少なくなっている。/ ホームレスの成人だいたい7人に1人が退役軍人。/ イラク戦争とアフガニスタン戦争の退役軍人の5人に1人が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されている。/ 現役の20%、予備の構成員の42%がメンタルヘルス治療を必要としている。/ 軍に所属するアメリカ人は、民間人の3倍の頻度で麻薬性鎮痛剤を処方されている。 / 6人中1人の現役軍人が、17%の抗うつ剤を含む、何らかの精神治療薬を服用していた。/ 彼らの看護師とケースマネージャーによると、「Warrior Transition Units(戦場で負傷した軍人が社会復帰するためのプログラム)」の兵士の25~35%が麻薬中毒または依存している。/ 薬物またはアルコールの使用は、2003年から2009年までの軍の自殺による死亡の30%、および2005年から2009年までの致命的でない自殺未遂の45%以上に関係していた。/ 退役軍人は民間人の2倍以上の割合で自殺している。/ 毎日、22人の退役軍人が命を落としており、平均すると65分に1人が自殺している。

※ この記事は「The White Report」に掲載したものを転載しています。

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