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【小説】瀬戸内海のルポのようなもの

じゅわり、と大きなオレンジ色の果実を、フルーツナイフで半分に切ったような太陽がわたしを照りつける。

そこから、とろとろと滴り出す果汁のように、
すべてのものが、締まりなくとろけて見えた。

無人駅のトタンの屋根も。
塗装の剥げた木のベンチを覆う、制服のスカートの裾も。

そんな夏だった。

汗も熱気もまとわりつくようで、少しでも身軽になりたくて、ウォークマンのイヤホンを外したのだった。
このまま、海まで行っちゃいたい。

熱のこもったローファーをバタバタさせる。
どうしようもないエネルギーがわたしの身体の中にある。それは、恋をするにも、夢とか才能について考えるにも、十分すぎる。
持て余して仕方がなくて、わたしは無駄な動きをしていた。

とろり、とした制服を翻して、わたしは走り始める。走って、今座っていたホームの向かいのホームまで駆ける。

駅には誰もいない。
だだっぴろい草っ原に、その無人の駅だけがポツンと立って、セミの泣き声がこだましていた。だけど、その音は背景化されて不思議とうるさいとは思わなかった。

汗がじわりと背中を温める。
おもちゃのように、ガタガタと音を立てて2両しかない電車がわたしの眼前まで進んできた。

車掌さんに頭を下げて、わざと大きな一歩を踏み出して電車に乗った。

手押し車に、手をかけたおばあちゃんがわたしを一瞥する。
わたしは、若さを持っている。
だけど、わたしにあるのは若さだけだ。
手押し車のおばあちゃんにも、艶やかな肌となめらかな髪があったときがあって、
きっといまのわたしみたいに、有り余る力と感受性と、そして傷つきやすい心を持った夏があったのだ。

電車は、2つ3つと駅に止まったが、
乗ってくるものは誰もいなかった。

次の駅が最終。
窓の外は、青みがかった海がちらちらと見えていた。きらきら、して眩しい。

眩しい、のは、
彼とどっちが眩しいだろう。
うだるような熱気の中で、真っ白いユニフォームを着て必死にボールを受け止める姿。

打って変わって、人工的な冷風が充満した教室の中で、きゃあきゃあと騒ぐわたしを流し目で見て、微笑を浮かべる彼。

白い開襟シャツが、その白さはきっとわたしのセーラー服と変わらないはずなのに、わたしのそれよりも真っ白でちかちかしてる気がする。

海。
波はほんとうに、目を凝らさなければその動きを掴めないほど穏やかだった。

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