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絶対に劇場で観てほしい。アカデミー作品賞「コーダ あいのうた」を観て、胸がいっぱいになった件

やっぱ、劇場で観てよかった。最高の気分だ。

アカデミー賞でも作品賞を受賞した「コーダ あいのうた」。予告編を観てどうしても劇場で観たくなり、中2息子を連行して鑑賞。

春休みでゴロゴロしている息子を連行するので迷ったが、観に行って大正解だった。


世界ではアップルTVで配信されているようだが、
これは絶対に劇場で観るべき作品。


ストーリーはこちら。

海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。彼女は家族の中で1人だけ耳が聞こえる。幼い頃から家族の耳となったルビーは家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。

映画.comより

聾唖者、ヤングケアラー、貧困。
そして家族愛、夢、青春、すばらしき音楽。

こんなにさまざまな要素を盛り込んで、ときどき笑いも交えながら、ぐいぐい観客を引き込む作品。

そして、今までになかった、聾唖者の世界を体験させる斬新な演出。
この瞬間は、劇場でしか味わえないと思う。

最近は、映画を自宅で気軽に観られる時代だが、
この作品だけはぜひとも劇場で観ていただきたい。

そして、主人公ルビーの歌声に魂が震えて、涙が止まらない。

1.主人公ルビーの境遇に共感


才能を見出され、夢を追いたい若者が、家族の問題とのはざまで思い悩むというストーリーはけっこうベタ。けれどそこに、自分以外の家族は全員聾唖者で、ものごころついてから、ずっと家族の通訳として家業の漁師を手伝っているという状況が加わる。

コーダとは、聾唖者を親に持つ子ども「CODA(Children of Deaf Adults)」のこと。ろう者の親を持つ健聴者の子どもの総称だ。

両親どちらかだけ、ろう者ならまた話は別だろうが、本作では、両親、そして兄もろう者。健聴者は彼女ひとり。

しかも漁師。耳が聞こえなくては大事な無線が聞こえないし、モーター音など船の状態が聞こえないというのはとてもリスクが高い。聞こえる人が同乗していないと成り立たない商売だ。当然人を雇うお金はない、となると、健聴者であるルビーが手伝うこととなる。

朝3時に起きて漁に出て、魚の買い付け業者と交渉をしてから高校に向かう。当然授業は居眠り。そんなシビアな状況で、周りの学生からは少し浮いた存在。そんななかで歌うことが好きなルビーは合唱クラブで才能を見出されるが、耳が聞こえない家族は理解を示さない。そんなことより家族の手話通訳として家族のために生きてほしいという。主人公ルビーは、家族は好きだけど、通訳もウンザリ。いい加減自分のこともしたい。そんなお年頃だ。

この、家族に囚われてしまう状況がなんだか共感できた。

わたしは自分の実家に嫌気がさして家を早々に出たのだが、家を出ると決めるまでの葛藤がすごかった。親を裏切っている気がするし、わたしがいなくてこの家はやっていけるのか、と悩んだ。

父が、母へのモラハラ発言が多かった時期だ。わたしが仲裁に入って、なんとかなっていると思っていた。

確か高校時代、進学のための二者面談で、自分が家を出たら父と母がやっていけないのではと思って、実家を離れての進学を悩んでいる、と先生に相談し、思わず泣いた記憶がある。

家族がろう者で、家族仲が良い本作の状況とは異なるが、家を離れてよいのだろうか、わたしは家族を捨てるのだろうか、と思う葛藤はめちゃくちゃ共感できる部分だった。子どもって、親を見捨てるような気がしてしまうものだ。

2.田舎臭い高校生のルビーが最高すぎる


この主人公のルビー、アカデミー作品賞を獲りながら、主演女優賞にはノミネートさえされなかったのだが、わたしはこの、ド地味な田舎臭い主役の健聴者が、この物語の真実味を出していると思った。

可愛いんだけど、ものすごく田舎臭いし、スタイルも良くない。いかにも田舎にいる女の子。漁船で漁の手伝いをしている姿も似合うし、「魚臭い」と言われると本当に魚臭いように見える。髪はぼさぼさ、服はめちゃダサ、けれど歌わせたら天使の歌声かというほど素晴らしい。

おどおどしているときの声と、本当の自分を出せたときの声もまったく違う。この演じ分けも素晴らしいと思った。

さらに彼女は、ろうの家族の通訳を務める重要な役だったが、当然手話はもともとできたわけでなく、この役のために習ったはずだ。それなのに、リアルな感情を込めてろうの家族と同等に手話を使いこなす姿にも感服。

お父さんの下品な話を躊躇しながら訳す姿は、大変だなぁと思いながら、くすっと笑ってしまう。その絶妙さがとてつもなく上手い。

3.ルビーの歌が最高過ぎる


とにかくこの田舎臭さ全開のルビーなのだが、歌いだした瞬間にその場の空気を変えてしまうような素晴らしい歌声を持っている。歌が上手いというよりは、歌で空気を変える、空気清浄機みたいな感じ?

おどおどして、声が出ていない時のか細い声、勢いよく魂を解き放つように歌ったときに伝わってくるエネルギーあふれる歌声。

何度も言って申し訳ないけど、こんな田舎臭いダサイ娘から、この声が出てくるの??というギャップ萌えみたいなもので、目が覚める。

劇中に登場する合唱クラブ顧問のナイスキャラな先生も、ルビーのポテンシャルに気づき、指導を始める。いや彼も、いかにもいい声持ってそうな子じゃなく、なんか暗くてド陰キャな子がすごい声を出すから、やる気出ちゃったんじゃないの?というくらいのギャップ。

彼女の歌声で、なぜか涙があふれて胸が震える。ものすごい振動を持っている歌声だ。


4.本当にろう者のキャストが最高


ちなみに本作、健聴者の主人公以外の家族は、ろう者の設定なのだが、出演しているキャストは本当に聴覚障害のあるキャストだ。

助演男優賞を獲ったトロイ・コッツァーをはじめ、「愛は静けさの中に」でアカデミー賞を獲ったマーリー・マドリン、お兄さん役のダニエル・デュラント、全員ろう者だ。

ろう者を取り上げた映画自体をほとんど見たことがないので比較のしようがないが、本作を観て、手話ってこんなに感情豊かに話せるものなのだ、と感心した。えげつない下ネタも、心が震えるような愛の言葉も、表情豊かな手話で伝わってくる。声が出ない、耳が聞こえないだけで、そこにいる人間というものは変わらないのだな、と思う。

なかでも助演男優賞を獲ったトロイ・コッツァーはすごかった。不器用で下品、けれど愛に溢れたチャーミングな漁師で、ルビーの父。こんなお父さん、なんか人前に出すのは恥ずかしいけど、でもやっぱり大好き。ルビーの気持ちがわかる。

5.ヤングケアラー問題、ろう者への差別もさりげなく描かれている


ろう者の生活、そしてろう者の家族に囲まれるCODAについて、深刻には描かれていないのだが、生活の中で起こるあれこれの不便をさりげなくエピソードに盛り込んでいるのが、逆にリアルでわかりやすかった。

CODAはいわば、ヤングケアラーだ。生まれたときから、ろうの家族のために専属通訳という使命を授かる。別に親のせいじゃないから、なおさらお役目を授かったように感じ、責任を感じるだろう。

だからって、医者と父親の通訳で、両親のセックスについてまで通訳したくない。年頃の娘なのだ。いい加減にしてくれと思う。

そして、ろうであるということについて、周りが気遣いをしているかというと、少なくともこの家族が生活している漁港町ではそんなことがなさそうだ。むしろ除け者になっている感じ。

ダイバーシティとか多様性とか言ったって、そんな意識高い系の人がいるのは都会だけ、田舎はまだまだ偏見と差別だらけだ。

そんな中で生活していくために、やはり唯一頼れる健聴者である娘を頼りにしてしまう家族の気持ちも分からなくはない。

わたし自身も、ろうの方と知り合いになったことがないし、もしであったとしたらできるだけコミュニケーションをとりたいとは思うが、だからといって、その日のためにせっせと手話を習うかと言ったら、そんなことはしない。コミュニケーションが難しいからしない。という選択肢をとる人は多い。

そんな中でも、バーのスタッフは、ルビーの兄とスマホのメッセンジャーを使ってコミュニケーションをとる。コミュニケーションなんて、取ろうと思えばとれるんだな、と気づかされる。

さりげない彼らの日常を観ることで、あれこれ気づかされることが多かった。

6.地味なインディペンデント映画がアカデミー賞を獲ってしまった理由


これは、アカデミー脚本賞を授賞したときの監督のスピーチを観て知ったことなのだが、この作品、実はインディペンデント映画らしい。

インディペンデントとは、メジャーの逆、要は低予算で小規模作品だということだ。大手配給会社がバックにいないので、予算がさほど使えず、全体的に地味になりがち。その代わりチャレンジングな内容が作れるので、インディペンデントムービーに注目している人も多い。

だけどアカデミー賞のような米国内で知られる存在になるためには、大手配給による大規模公開も必要なわけで、なかなかインディペンデント映画はアカデミーのノミネートに入りにくい。

けれど最近はその常識を打ち破る時代の変化があった。

それは、「配信」。

ここ最近は、ネットフリックスなど大手のオンデマンド配信を手掛ける会社が出資して、オリジナルドラマや映画を製作したり、独占配信によって映画の知名度をあげたりしている。

本作「コーダ あいのうた」は、インディペンデント映画を話題にするサンダンス映画祭を獲ったのをきっかけに、アップルTVが配信権を取り、全世界に配信したことがこの映画を有名にしたきっかけだそうだ。

配信する側は、良作を独占配信することで、会員の獲得を狙っているのであるのは当然だ。だが、映画の製作者側からしても、いままでプロデューサーに出資してもらえなかった作品を作れたり、今回のように小さな作品を世界に広めてもらえるなら、これほどありがたいことはない。WIN-WINの関係ね。

今後は配信会社による映画がどんどん世に出てくるだろう。大手配給会社が戦々恐々としているのが目に浮かぶ。

今回の作品賞で同じく有力候補だった「パワー・オブ・ザ・ドッグ」、「ドント・ルック・アップ」、主演男優賞ノミネートされた「チック・チック・ブーン」は、ネットフリックスで観ることができたし、「もう劇場に行かなくても映画が見られるし、製作者側も、スクリーン確保に奔走しなくても、もっとたくさんの人に映画を届けることができるようになってしまった。




わたしの好きな是枝裕和監督も、ネットフリックスでドラマを撮るとかで、もうネットフリックスが辞められなくて困る。

7.それでも、本作は劇場でぜひ観てほしい


そんな、配信映画がメジャーとなりつつある今日この頃だが、世界ではアップルTVで配信されているこの作品は日本では現在配信はされておらず、劇場公開のみの「コーダ あいのうた」。

だが、それは逆にラッキーだと思う。本作は演出上、ぜひとも暗くて集中できる劇場で観たほうが良い。ネタバレになるので詳しくは言わないが、気が散る昼間の自宅より、絶対に劇場だ。

アカデミー作品賞を受賞して、スクリーン数が増えている今、ぜひとも劇場に足を運んで、その世界に浸っていただきたいと思う。


今日もお読みくださりありがとうございました!
 

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