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すべての人がこの世に生まれた祝福を。映画「ベイビー・ブローカー」から感じる是枝監督からのメッセージ

これは絶対に劇場で観たい。
そう思っていた是枝裕和監督待望の新作「ベイビー・ブローカー」。


1.社会的弱者の視点を持てたからこそ身近に感じる「是枝監督の世界観」


子育てに追われて、映画はいつもアニメかゴジラ。自分の観たい映画を観る暇もなかった子育てしゃかりき時代、たまたま息子が塾の夏期講習に行っている間に「万引き家族」を観たのが、是枝監督にハマったきっかけ。


「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭のパルムドールに輝いたころは、まだ自分が若くて社会的弱者や描かれるような市井の社会問題に興味がなく、観ていなかった。若いし独身だし、弱い人が目に入っていなかった。

けれど、自分が主婦になり、子育てをして、身の回りに起こるさまざまな問題が身近に感じられるようになってから、是枝監督の作品にがぜん興味がわくようになった。


小さい子連れの主婦って、日本では割と「社会的弱者」だなぁと思う。

ベビーカーに子どもを乗せて荷物をもって、邪魔とかうるさいと言われながら電車に乗って、つまらないと騒ぐ子どもの気をそらせ、必死にやっても何かあれば母親のせい、という非常に肩身のせまい存在だ。

そして子育てをしていると、いろんなパターンの子ども、そして家庭を見聞きすることになる。

ちょっと放置気味にされている子どもがいたり、そういう子はやっぱり少し気を引くようなイタズラをしたり、親が厳しすぎてほかで悪いことをしてしまう子だったり、さまざまな事情で不登校になる子。

早すぎる妊娠で学校を辞めて出産、けれど結婚相手とうまくいかずシングルで奮闘する若きママ。大事件にはならなくても、たぶん比較的平和であるはずの、わたしの身の回りにも小さな奮闘はゴロゴロ転がっていて、他人ごとではない。

そんな経験をしてから観た是枝監督の世界は、すごく的を得ていて、すぅっと映画に入り込める。ふとした沈黙や、なにげない台詞の中に、その裏にある背景が思い浮かぶようなシーンがたくさんある。

観ながら、登場人物に感情移入したり、自分自身と照らし合わせたりする。観た後はいろいろと考えさせられる、ということも多い。

割とショッキングな題材を取り上げていても、「そこにある日常」を描くから、なにげない台詞さえリアルだし、こちらから見ると結構シビアな状況に暮らす人たちの中にある幸せも描く。けれど、底に起こる厳しい現実もしっかり描く。考えさせられる。

そんなこんなで是枝監督作品はほとんどすべて観た。

2.母親って、周りが思ってるより大変なんだぜ

だから今回の新作「ベイビー・ブローカー」は楽しみで仕方がなかった。

(C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

特に「赤ちゃんポスト」という、子どもや母親に関わること。自分は自分の手で子どもを育ててはいるものの、無縁ではないと感じる題材だ。

捨てるなら産むなよ、と母親を責めるのは簡単だが

そこに至るまでの事情を知れば、それがひとえに「母親のせい」とは言えないよね、と思う。

母親の勝手ではなく、その母親の生育環境、相手の男性との関係、そして相談相手や協力者の不在、お金の問題、仕事の問題、問題が山積みで悩みに悩んだ末の選択である場合がほとんどではないだろうか。

ちょうど今日、SNSで数年前の今日つぶやいていたことがフィードにあがってきた。

母親って周りが思ってるより大変なんだぜ、って、理解されないよなぁっていつも思ってる。

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母親って、別に母とは?の教育なしにいきなりなるもので、生もうと思って生む人もいるけど、生物学的に授かってしまって、生む結果になる場合もある。

そして一度母になったら、途中で辞められない。辞めたら子どもが死ぬし、逃げたら捕まる。

子どもが独り立ちするまで、24時間営業でやり続けなくてはいけないのが母親業だ。だからこそ、それがさまざまな理由で続けられない人は出てきて当然だと思う。

3.母へ、子へ。是枝監督から注がれる温かいまなざし


「ベイビー・ブローカー」でも、彼女なりの事情で赤ちゃんボックスに子を置く選択をした母から始まる物語だ。

(C)2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

そこから、やはり思い直して子を引き取りにきた母親と、その子を里親に仲介するブローカーとの出会い、そして一緒に旅する中で、なんとなく紡がれるつながり、ほっとする瞬間。

是枝監督のインタビューで読んだのだが、是枝監督は「誰も知らない」や「万引き家族」を制作する際の取材で、実際に厳しい境遇にあった子どもたちの多くが「自分は生まれてきてよかったのだろうか」という悩みを抱えていることに気づいたという。

4.「自分は生まれてきてよかったのか?」という問いは、普遍的かもしれない


養護施設や赤ちゃんポストで救済された子どもは、手放す側の事情はどうあれ、やはり「親に見捨てられた」という体験をしてしまっているわけで、まず自分の存在について否定された感覚を持つのだという。

それはやはりとてつもなくハードな状態ではあり、その子たちの悩みの深さは計り知れない。だが一方で、そうではない家庭に生まれた子どもたちでも「自分は生まれてきてよかったのか?」という悩みって、結構あると思う。

いまの日本において「自分は生まれてきてよかったのか?」という自分の存在意義に不安を感じている人は、たくさんいると思うのだ。

そういう不安があって、自分の存在意義が感じられなくなって自ら命を絶ったり、自分の存在を世に知らしめるために凶行に及ぶ事件があったりするのではないかな、と思う。

わたし自身も、父が自由人でお金を入れず、母は働きづめ、父はいつもお金のことで不機嫌。という荒れ気味の家庭で育った。父はよく「お前が男なら、お前に食わせてもらったのに」などとのたまった。子どものスネをかじるような発言を聞いて、女に生まれてきたことで期待されず良かった、と思う反面、女に生まれてきたことを否定されたような気持ちをずっと抱えていた。

そんな経験があるので、息子には愛情を言葉でも伝え、態度でも伝えて育てているつもりだが、それでもまだ「俺なんかいなくてもいい存在」とか言い出す。

今の日本は、なにかにつけて「自分は、この世に生まれてきてよかったのか?」と感じる不安さが蔓延しているようなのだ。

だからこそ、是枝監督が、この「生まれてきてよかったのか?」という問いに焦点を当てて作品を撮ってくれたことに感動したし、その問いへの明確なメッセージも作品を通じて伝えてくれたことが嬉しかった。

振り返ってみれば、今まで是枝監督が描いてきた作品も「自分は生まれてきてよかったのか?」という問いが含まれているものが多い。

そして本作では、その作品へのアンサーも含まれている。その後を観客に委ねるではなく、起こったことを放置するではなく、是枝監督の、観客へのメッセージが意志をもって伝わってきて、ハードな設定でも、希望が持てるラストだった。

ほんの少しでも「自分はここにいていいのか」と不安に感じる人は、ぜひ観てほしいなぁと思う作品だ。


5.血のつながりがない人同士でも、つながることができる希望


是枝作品ではよく出てくる「疑似家族」。「万引き家族」や「そして父になる」「海街Diary」などでも描かれているが、血のつながりって、そんな重大な意味あるんですかね?みたいな問いかけを感じる。

血がつながってるからって、親子の呪縛にとらわれ過ぎる必要もないし、血のつながりがなくたって、助け合って生きて行くこともできるんじゃないかな。という是枝監督から提案されている気がする。

家族ってけっこう運ゲーで、「親ガチャ」なんて言葉もあるように、選べないし、相性が悪い親子だっている。

その運ゲーから構成された「家族」というものに縛られることで苦しくなることもあるし、そこから離れたからと言って決して孤独とは限らないんじゃないかな。と、是枝監督の作品を観ていると感じる。

なんか似たもの同士が少しずつ打ち解けて、人間の情みたいなものが垣間見えて、だんだん他人とは思えなくなっていく。そんな「他人だけど、他人じゃない大事な存在」みたいなものって、目に見えないから、映画として可視化されると、あるよね、そういうことって。と共感する。


6.日本のど真ん中の問題を、韓国で撮る絶妙な距離感


是枝監督の作品は、ものすごくリアルだし、シビアな展開になることも多い。そしてラストシーンのその後の解釈も、観客にゆだねることが多い。

だからこそ、日本の片隅で起こっているようなテーマだと、観た後に若干どんよりしてしまうことが多い。体力、気力が必要な作品がけっこう多いのだ。

けれど今回は、韓国を舞台に、韓国人俳優を使って、外国語で撮られた映画なので、ちょっと心理的距離を置いて観られるのが、少しラクだった。

お隣の国といえど、やはり外国。言葉や文化が違う場所で起こるエピソードは、感情移入しながらも、どこか「フィクション」として観ていられる心理的安全さがあった。

これは「あえての韓国」で大成功な部分だと思う。

7.ソン・ガンホをはじめキャスト陣のとんでもない名演技


おっかない殺人鬼も、近所の貧乏くさいおっさんも、敏腕刑事でも、なにをやらせてもハマってしまう韓国の名優ソン・ガンホ。

カンヌ映画祭常連の是枝監督だからこそ、このオファーが叶ってしまうのだろうが、やっぱりソン・ガンホは今回もすごかった。

今回は、借金作って離婚して、クリーニング屋をやりながら儲け話にのる小者のオッサン。そこから旅が始まって徐々に見えてくる人柄。ひとつひとつの表情や間がとにかく絶妙で、この人本当に実在するんじゃないかと思ってしまう。

そして共演のカン・ドンウォン。わたしは知らなかったのだが、こちらはシュッとした雰囲気の俳優さんだが、なんとなく悲しみと切なさをたたえた雰囲気を持っていて、セリフがない沈黙の時間でも、そこに何があるかを紡いでしまえる。背中が語る。すげぇ。

若き母親役のイ・ジウォン(IU)も良かった。韓国ではIUの名で歌手としても有名らしいが、はすっぱで世の中をあきらめたような表情から始まり、徐々に取り戻す少女らしい一面がみずみずしい。映画を観終わった後には、彼女にほれ込んでしまう魅力があった。

刑事役のペ・ドゥナも、すっぴんで張り込む気合十分の刑事役がはまり役だった。彼女も表情や雰囲気が、ストーリーを追うにつれて、どんどん変わっていく。

韓国ドラマだと、どうもいかにも整形美人?が主役を張ってることが多くて、どうも演技力に目が行かないのだが、いやはや韓国の俳優さんの実力がすごいことを思い知らされた。

8.わたしの中では最高傑作「ベイビー・ブローカー」


ということで、めちゃくちゃ熱く語ってしまった。

「ベイビー・ブローカー」、練られたストーリー、醸し出す空気感、俳優たちの息遣い、観た後の感情、どこをとっても最高に良かった。ものすごく期待して観に行ったが、期待以上だった。

どうも韓国では受けがいまひとつ、という記事を読んだが、それはきっと、韓国映画は割と展開が派手で「きっちり大事件が起こる」ほうが受けるからかなぁ、と思った。

韓国ドラマを見ていても、え、こんなことで人が死んじゃうの??みたいな展開が多いし、なんか刺激に飢えてるのかなぁ。

もちろん日本でも、こういう静かなタイプの映画は好みが分かれるが、本作のように「表情で語る沈黙」みたいなシーンは、日本人はけっこう好きな人が多いんじゃないかなぁと思う。

わたしも昔は、しっかりハプニングが起こるタイプのハリウッド映画が好きだったが、今ではすっかり、この是枝監督のつくる「間」にハマってしまって、じっくり観られる骨太の映画もたくさん観るようになった。

若い人でもシブイ映画観るけど、わたしの場合は、年齢を重ねることで、わかってきた部分もあるかなぁ。歳をとるのは、割と楽しい。

と、そんな感じで思いっきり長々とあれこれ書いてしまったが、ちょっと生きにくさを感じているすべての人に観てほしいと思う。

今日もお読みくださりありがとうございました!


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