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人肌依存症の行方

“人肌恋しさ”でいったら、わたしの右に出る者はまずいないと思っている。

「好きな人とふれあうことが好き」という生理的欲求にも近い思いは、大なり小なり多くの人が持ち合わせていることだろう。

しかしながらわたしのそれは、彼らの健全なものと並べるのが申し訳ないほどに途方もなく大きく、笑えないくらい深刻で、日常生活にも支障をきたしてやまないレベル。
「ふれあうことが好き♡」というよりも「ふれていないといよいよヤバくなる」と表したほうが、おそらく正しい。

ひとりの夜は、ベッドに入ってから眠りにつくまで、ギンギンに目が冴えた状態で2時間コースはあたりまえ。
夜中に何度も覚醒するし、ところかまわず突然しくしく泣き出すし(例:オフィスのデスク、満員の山手線)、過呼吸は起こるわ情緒は乱れるわ、24時間てんやわんやの大騒ぎなのである。

そんなわたしが、どこで何を間違えたのだかうっかり遠距離恋愛を始めてしまい、かれこれ1年以上が経過した。

幸いなことに恋人は、ピラミッドのごとくどっしりとした立派な情緒の持ち主である。
常時乱れまくっているわたしのメンタルをものともせず、こまやかな愛情表現と持ち前のグッドルッキングで、うまいこといなしてくれるのだ。

そんな彼の懐の深さと顔の良さ、平均月1回ペースの逢瀬に支えられ、どうにかここまでやってきた。
しかし、それもいよいよ限界である。

原因はいうまでもなく、世界中にその影を落とす例のウイルスだ。
4月に会う約束が反故になり、5月も半ばとなった今もなお、次がいつになるかわからないという絶望の深さたるや。マリアナ海溝なぞその比ではない。

幾千の綺麗ごとを並べたてても、幾億のなぐさめをもってしても、恋人にふれることができない限り、根本的な解決は不可能だ。

さわりたくてさわってほしくて居ても立ってもいられなくなり、これまでの動画や写真を何度もなんども取り出しては、穴があくほど見つめ倒す。
この日の添い寝やこの時のハグの、ほんの1分でも、たった1センチ平方メートルでもいい。今に持ち越せたならばどんなに良いかと、ばかげたことを涙が滲むほど真剣に考える日々。

こんなことになるのなら、臓器の1個や2個くらいとっとと交換しておけば良かったとすら思う。
肌をふれあうことはできないが、少なくとも体内においては、生命維持という重大任務をお互いに担いあうことができるのだから。

愛してるだのあなたは私のすべてだのといった精神論は、うつくしさこそあれど肝心な時にちっとも役に立たないが、臓器を捧げたその暁には、物質的に彼の一部になれるのだ。誰にもなんにも言わせまい。

それかもういっそ、恋人という役割をかなぐりすてて、彼のコンタクトレンズにでもなっていられれば良かった。

恋人にクリアな視界を提供できる、唯一無二の存在にわたしはなりたい。
彼の目に映るすべての景色がわたしを通したものになり、そのたしかな輪郭も鮮やかな色彩も何もかも、わたしの働きがあってこそ。
1ミリの隙間もないほどぴったりと密着した状態で、朝起きてから夜眠るまで片時も離れることはなく、なんなら恋人である今よりも密な時間を過ごすことができるのだ。

一見、完璧のように思えるコンタクト計画だが、ひとつだけ重大な問題点がある。

それは「一緒に眠る」ということが叶わないところ。
これはわたしが人肌を求めるにあたってもっとも重きを置いている点であるため、残念ながらどうしても譲ることができないのだ。

臓器も交換できない、コンタクトにもなれそうにない、じゃあどうするか。

熟考の末、わたしがたどり着いたのは【恋人のパジャマを胸に抱き、下着を顔に載せて眠る】という、恥ずかしながら至極ありきたりな方法だった。
※ちなみに本人にはぜったい内緒なのですが、いずれも2月から未洗濯のものを使用しています。

かなり有効な睡眠導入剤となる彼の匂いも今やすっかり消え失せてしまい、また当然ながら、秒速でわたしを眠りへと誘う体温もない。
なじみ深い手ざわりだけを頼りに、なんとか肌の記憶を呼び起こして安眠するべく、死闘をくり広げる日々である。

解決策はただひとつ、「恋人との濃厚接触」にほかならない。
一刻も早くも実現し、凪いだ心で過ごす毎日がふたたびやってくることを、切に望むばかりである。

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