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紫がたり 令和源氏物語 第百五十二話 関屋(二)

 関屋(二)

源氏が逢坂の関に近づいたあたりで道を明け渡した一行がうやうやしく控えておりました。
すれ違いざまにちらと見ると、女車からは色艶やかに洒落た襲(かさね)の裾や袖口がこぼれ出ているのが田舎風には思えず粋な感じだったので、源氏の供の者たちも澄ました顔をしながら興味ありげに目の端に捉えて笑みを浮かべています。
源氏もその様子が気になったので惟光に一行の素性を尋ねました。
「常陸の介の一行でございます。かつて伊予の守であった御仁ですとも」
即座に答えるところが、まったくこの男は何にでも先んじて気の利くことよ、と驚くばかりですが、さてはこの中に空蝉がいるのかと思うと素通りもできなくなる君です。どうりで田舎臭くなく、当世風の粋な趣味である、とやはりあの人の洗練された感覚に満足の笑みを禁じ得ないのです。
「衛門の佐(えもんのすけ)を召しましょう」
主の顔色を読んで惟光は身を翻しました。
衛門の佐とは、かつての小君のことでした。
まさかこのような所でお会いできるなんて、と空蝉の胸は娘時代に戻ったように高鳴りました。
鮮やかな紅葉に彩られた山路を藍や山吹の狩衣を身につけた一団が通り抜ける様はなんとも美しく、源氏が乗っている車は贅が凝らしてありました。
簾がかかっているので君の姿こそ見えませんが、その威勢は以前にも増し、益々自分など足元にも寄れぬほどに遠い存在となったと痛感します。
その行列を見送る空蝉の心のせつないこと。
ふいに衛門の佐が傍らに控え彼女に耳打ちしました。
「本日こうして御関迎えに参った私の心をあなたは思い捨てることができましょうか」
人の目もあるので、源氏は佐にそのように言付けられたのです。
さまざまな想いが入り混じり、何よりも人に聞かれては外聞も悪いので、空蝉は返事をしませんでしたが、心の中ではこう詠んでいました。

行くと来とせきとめがたき涙をや
    絶えぬ清水と人は見るらん
(常陸へ下る時も、今帰京できるこの時も、この関であなたを想って堰き止めがたくあふれ出るこの涙を自然に湧き出てきた清水と人はみるのでしょうか)

この関を越えた時に流した涙はひとえに君(源氏)から遠ざかる悲しみのためのもの。そして今は巡り合えたのに言葉さえ交わせぬという悲しみからのものであることを君はご存知もないでしょう。そんな切ない空蝉の心裡が滲み出る歌なのでした。

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