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香港留学で学んだ香港について

お久しぶりです、ゆうかです!
香港大学での留学生活が終わり、今は6月から2ヶ月間香港でインターンを行っています。やっと、新しい生活に慣れてきたので久しぶりにnoteで振り返ってみようかなと思います。

1年間留学に行くということは、ある意味日本でできるいろんなことを犠牲にするとも言えると思います。私が香港を留学先に選んだのは、数ある大学の中でもトップ大学で学べるということと、香港がなぜ国際都市へと成長できたのか学ぶためでした。そこで今回は香港に留学して学んだ香港のことについて着目したいと思います。

①香港の希望
香港人と一緒に長期間過ごし、その中でも驚いたことが異文化への対応力です。もちろん全ての人がそうとは限らないのですが、ほとんどの人が幼少期に南アジアのヘルパーさんに育てられていることもあり、「外人」と共存することが当たり前な環境です。海外へのハードルも低く、私が所属している社会学部では留学が必須です。海外から帰国した友達や留学に行く友達の話を聞くと、多くの人が世界で通用する人材となって将来は香港に貢献したいと言っていました。香港という国際都市を持続可能にしている一要因はこのような人たちの志であり、これが個人的に理想的なグローバル化だなと思いました。

②香港の現状
香港の希望を見た一方で、香港の厳しい現状も見ることができました。
香港での生活費はものすごく高いです。ほとんどが輸入品であるため、物価が高く、日本ではいつもご飯代を1000円代に納めたいと思っていたのに今では2000円が安く見えちゃいます…。以前の記事で家賃の高さも書いたのですが、このようなことから格差が激しいです。以前ホームレスのケアセンターでボランティアした時も、こんなところに人住んでるのというようなところから人が出てきたりと、ホームレスが急増しています。また、教育格差も大きく、お金があると英語で教わるDSE課程の学校で学べるのですが、お金がないと入れません。このような格差を初めて体感したので、香港で実際に生活するとなるとお金持ちでないと厳しいなと目の当たりしました。
生活面でもう一つ影響しているのが政治です。最近香港の逃亡犯条例を発端に多くのデモが行われています。今日も夜景で有名なチムサーチョイで行進が行われています。逃亡犯条例から見ても分かるように、香港は中国の一部となるように加速的に物事が進められています。香港と中国を結ぶ橋や、香港と中国各地を結ぶ新幹線の役割を担う高鉄の開通など。私たちからするとあまり実感しないのですが、日本が中国の一部になるというような、自分の国が全く異なる政治形態の国の一部となるということは、ある意味自国がなくなるというぐらい深刻です。特に監視の厳しい中国になるということは、香港人にとって今まであった自由がなくなるということになります。このような窮地に今香港は立っているのだと友達と話していて、自分の自国がなくなると聞いて心苦しくなりました。

香港での留学生活では、寮生活ということもあり、友達と話す時間がすごく多かったです。そのため友達と話していて、自分の中では当たり前だったことが、「あ、これは日本という社会で構成された当たり前なんだ」と感じることが多くありました。そこからgender equalityなどにも興味を持つようになったりと今までと違う興味や関心を持つようになりました。またこれは別の記事で紹介しようと思います。

留学生活は人それぞれで違う経験を味わえると思います。今回は香港という点に着目しましたが、今度は自分の中身の変化等についても書きたいと思います。少し長くなってしまいましたが、読んでくれてありがとうございました :) see you soon!


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