正解のない問いの答えを、探しているよ!
こんにちわ!🌟突然ですが、みなさんは何かを捨てた経験はあるでしょうか。
自分は、やめることになった経験は全然ありますが、大事なモノを手放した経験はない気がします。
今日は、自分の武器であると思っていた事の本質を突かれた話をさせてください。良かったら、フィードバックもほしいです🙇♂️
1. 突きささった言葉
現在コロナの影響で休業中で、3社でインターンをしてるんですね。
そして、一昨日僕は、ある企業へ面談に行ったんですね。
正直、前回の面談の際にここで再スタート切ろうかなってほぼ自分の中で
決まっていて、感触もかなりよかった。
当日もかなり言語化してたのもあって、良い感じだなって思ってた。
最後に、”覚悟をもってやっていきたい”って伝えた。
その後、”それのために、今は何をやってるの?”って言われて、
”コミュニティの運営、将来へ繋がるスキルの習得、実現させたいことへ
向けて動いている。”って答えた。
そこから、一変した言葉が返ってきたんです。
その時、思ったんですね。
自分が、人が積み重ねてきたモノってある種逃げ道に過ぎないのかなって。
確かに、冷静に聞かれてる問に答えてなかった自分もいる。その上で、自分は何かを手放して進んでいく勇気はもてない。その”何か”って言えるほど大きいモノがあるわけじゃないのに。
2.これまでの自分
今までの自分を友だちに聞いてもらいながら、振り返った。
そこで、言われた一言が自分の心には刺さった。
「これまでの様子を見て思うのは、目の前にあるチャンスに喰らいついてるイメージがある。目の前にきたチャンスに飛びのって、モノにしている。」
(ニュアンス少し違うけど)
たしかに、そうだ。。。
ある意味、目の前のこと(チャンス)をブルドーザーの様に回収しまくってきた。これって自分の強みなのかなって。心に自分の感情に素直になってるのかなって、思い込んでたんです。けど、違った、、。
この1件があってから、僕は選べない自分にしがみついていただけなのかもしれない。時に、感情じゃなくて必要or不必要かで考えないといけないこともあると思う。けど、傷つくのがこわくてわずか1%の可能性に期待をしてたんです。自分は今のどの位置に立っているのかに、向き合うことからただ逃げてた。
3.手放す勇気
まず、捨てなきゃいけないのでしょうか。
幼い頃から、あまり人並みに物事をこなせなかったから何かできること少しでも増やさないといけない錯覚が生じて、そこに
必要orは不必要の概念は消失していた。
そして、自分なりに頑張って、現状増えせてこれた事で捨てる勇気が持てなくなった。
将来の自分に何か役立つと信じて、本読んだり、語学の資格取ったり、プログラミングやマーケスクール、自己啓発に自己投資したり、デザインの勉強したりと、時間と機会を使ってきた。
嫌なことでもやらなきゃいけない。
それはわかってるつもりでもいる。
感情だけで、判断できないとも思うから。
口先では、あるモノはある。
ないモノは無い。
あるがままの自分は受け入れてるつもりだったけど、あるモノを手放せずに執着してて、中途半端な現状から目を背けてるのかもしれない。
この本質に気づいてしまって、本当に苦しい。
一つのことを達成する覚悟の無さ、何かコアな部分が欠けてる感覚が自分の中にあって苦しい
自分の意思決定、チャンスののっかり方への基準がない。規則性がない。
また、受け入れて前に進みたい
簡単に答えをだせない問いが襲ってきます。
最近、インターンを辞めて自分の道へ進んだ友だちがいた。
最近、学生時代の友人が、居心地の良かった会社を辞めて、家族の為に地元へ帰った。
この2人は、自分と照らし合わせると尊い。
最後に質問をさせてください。
捨てるってことってそんなに大事ですか?
手放したその先に何がありますか?
捨てることって、感情を捨ててませんか?
自分は、今、どこにいますか?
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