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医療とアート・コミュニケーションー「とびラー」に、なりました。

今年4月から、上野にある東京都美術館と東京藝術大学が合同で行なっている「とびらプロジェクト」で活動を開始しています。

開始から4ヶ月が過ぎ、やっとことばにできる心持ちになったので共有したいと思います。

"とびらプロジェクト"とは?

東京都美術館が12年前のリニューアル時に「すべての人に開かれたアートへの入り口」というミッションを実現する一つの大きな活動として、同じく上野にある東京藝術大学と連携し立ち上げた「アートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインプロジェクト」です。

”アートを介して誰もがフラットに参加できる対話の場をつくりだし、様々な価値観を持つ多様な人々を結びつけるコミュニティのデザインに取り組む”ことが、とびらプロジェクトとして関わるアート・コミュニケータの役割です。

活動はボランタリー(無償)、任期は3年。毎年定員約40名に対して約400名の応募(倍率10倍)がある狭き門です。
坂井は2回目の挑戦で合格し、今年から活動を始めました。
(因みに入ってみると3回目とか2回目の人は結構たくさんいて安心しました)

なぜ医者がアート・コミュニケータに?参加した動機

ひとの健康を支援する方法は病気を診断したり薬を出したりするだけではないのではないかと、日々の臨床からモヤモヤを感じていた家庭医の後期研修医(専攻医)時代。
ちょうど2016年にイギリスに短期研修に行った際、偶然「面白い診療所があるよ」と連れて行ってもらったロンドンのGPの診療所、Bromley by Bow Centreで、当時あまり日本では知られていなかった社会的処方に出会いました。
医療がアートや園芸、人のつながりを「処方」する。医療の狭い世界だけにとどまらず、医療が暮らしとリンクした感覚を感じて、初めて出会った時にワクワクしたことを覚えています。
そこから社会的処方に興味を持つわけですが、知っていくほどに「社会的処方」というスキームがそもそも暮らしを医療のコンテクストに持ち込んで"医療化"しているようなジレンマや矛盾を感じるようになりました。

家庭医療の研修が終わる頃、これからは医師として患者に出会うのみでなく、人として出会うことについてもっと深めたい、それが本当の意味での包括性ではないかと感じるようになりました。

それが2020年に立ち上げから軽井沢のほっちのロッヂに飛び込んだ動機でもあり、今年コミュニティを医師として学ぶ「コミドク」を仲間と立ち上げた動機でもあります。

そして実際にほっちのロッヂで3年やってみて思ったことは、自分は思っていたよりも医師という役割に慣れてしまっていること、そしてほっちのロッヂという場所が、自分にとってほとんどが医者をやる場所になってしまっているという皮肉な現実です。

人の暮らし、まちのことを考えようにも電話がなれば診療のことを考え、臨時の患者さんがいればそれが優先される。その慣れた役割に甘んじる自分がいる。
何より医者の自分の役割に縛られて自分自身がほっちのロッヂのコンセプトである「症状や状態、年齢じゃなくって、好きなことする仲間として出会う」ためのマインドセットになれないという苦しさを抱えるようになりました。

また、もう一つのライフワークであるLGBTQの啓発活動についても葛藤がありました。
医療者にプロフェッショナリズムとしてケアの平等・公平性や、そこから周縁化された人々としてLGBTQというテーマの重要性を伝えることはできても、社会や広く一般にメッセージを伝えるときには簡単にはいきません。
全ての人が何らかのプロフェッショナリズムを持っているとは限らず、仕事も大切にしている価値観も、人それぞれ違うからです。
そこから生まれる無理解や無関心に、どうやったら向き合っていけるのかと悩むなかで、人の根っこにある価値観に訴えかけるには、論理ではなく感情、心の動きが大切であることを実感しました。

そのためには、アートや表現といった誰かのエネルギーや意志を帯びた「第三者」を介してコミュニケーションすることで、広く人の価値観に問いかける場作りができるのではないかと考えるようになりました。

このアート・コミュニケータという役割を、ケアの現場でもシームレスに持つことができるようになりたい。

そうすれば人の健康を、従来の医療が行なってきたよりももっといろんな形で、支えることができるんじゃないか。

第三の場所で、集中してアート・コミュニケータの実践を学びたい。

そんな思いで、この「とびらプロジェクト」に参加することを決めました。

今までの学びのこと

とびらプロジェクトに所属するアート・コミュニケータ、通称「とびラー」は、まず6回の基礎講座を受講し、アート・コミュニケータとしての基本を学びます。この4月から月2-3回、軽井沢から上野の東京都美術館や東京藝術大学に行き、講座を受けていました。

第1回:オリエンテーション

第2回:作品を鑑賞するとは?(講師:熊谷香寿美さん)
作品が存在することによって起こる「鑑賞」という体験について、その意味と実際に起こっていることについて考える

第3回:「きく力」と身につける(講師:西村佳哲さん)
コミュニケーションの基本となる「きく力」について、話を「きく」「きかない」とは?、様々な「きき方」を踏まえて考える

第4回:会議が変われば社会が変わる(講師:青木将幸さん)
ミーティングの理想的な進め方や手法をワークショップを通じて学ぶ

第5回:ミュージアムとウェルビーイング(講師:小牟田悠介さん、越川さくらさん、石丸郁乃さん)
とびらプロジェクト、MuseamStartあいうえのといったプログラム、絵本「キュッパのはくぶつかん」とその関連展示活動の実践を通して、美術館のあり方の体験美術館におけるwell-beingについて考える

第6回:この指とまれ/そこにいる人が全て式/解散設定(講師:西村佳哲さん)
とびらプロジェクトの自発的な活動「とびラボ」のキーコンセプトについての考察を通して、自分たちでチームをつくり、アイデアを共有し、力を出し合ってプロジェクトをすすめていくことを考える。

計6回の基礎講座では、実際に美術館の展示を鑑賞してから話あったり、頭も足も動かし、人を変え、人数を変え、何度も何度も対話を重ねていきます。

一つ一つを紹介すれば何百字にもなるほど密度が濃く、人の暮らしに関わる活動に多様なメンバで関わっている普段のケアの現場でも、活かせることをたくさん学んでいます。

4ヶ月やってみて、仕事とも違い、指示された活動を請け負うボランティアとも違い。
例えるなら「授業料無料の、アート・コミュニケーションを実践する学校のようなもの」でしょうか。もちろん手取り足取り教えて、やることを指示してくれるわけではないので、自分が東京都美術館で、とびラーとして、何をしたいのか、はっきり示すことが求められます。

40数名のとびラーは、3期あわせて130名近く。全員ニックネームで呼び合い、ノリも学校の同級生や先輩後輩のようで、とはいっても変な上下関係というわけではなくフラットな関わり。年齢は20代から70代くらいまで、仕事もバックグラウンドもさまざまな多様性に満ちた人たちがアートという共通項であつまり、つながっていることはとても新鮮で楽しいです。

これからの実践のこと

6月で基礎講座が終わり、晴れて12期生は現場デビューが解禁。
これからは3つの実践講座と「とびラボ」と呼ばれるアイデアと実験の場、美術館という場所での実践に移ります。

・建築実践講座:建物の歴史や背景を理解し建築を味わう力を身につけ、建築を介して人々をつなぐ場をデザインする
・アクセス実践講座:社会課題に関わる状況や活動を知り、美術館にアクセスすることが難しい人を支援するための力を身につける
・鑑賞実践講座:複数の人が作品の視覚的イメージを媒介にして、共同的・批判的に思考しコミュニケーションできる場のデザインができるようになる

私は鑑賞実践講座を選択しました。これはVTS(対話型鑑賞)を通した学びを身につける講座で、実際に美術館の展示を用いて、こどもや来館者との対話型鑑賞の機会があります。

そのほかにも認知症の方のための特別鑑賞プログラム、障害のある方向けの特別鑑賞プログラム、こども向けのプログラム、建築ツアーなどなど、、それぞれのテーマに沿った実践の場が準備されています。また、企画展に関して学芸員さんから講義を聞く機会などもたくさんあり、美術館の中身やキュレーションの視点について学ぶこともできます。

7月からは企画展"うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈展"でファシリテータ「ケエジン」として、東京都美術館の現場でアート・コミュニケーションを実践しています。(こちらはまた別にまとめたいと思います)

さいごにー医療とアート・コミュニケーション

社会人になってから10年目。医療という狭い狭い場所でずっと生きてきた自分が、病院でも普段暮らしているまちでもない、「美術館」という場所にホームが一つできたこと、作品を通してコミュニケーションの場を作ること。初めての経験で何ができるか悩みながらもワクワク、ドキドキ過ごしています。

医療と暮らしをつなげるアートが今とても話題になっていますが、ただ飾られたアートが人を癒すということだけを目指したいのではないように感じています。
それはアートというモノやコトそのもの、あるいは提供する側と見る側という二分された関係性ではなく、その間に生まれるであろうコミュニケーションやつながりを大切にしたいと思っていて、その方法がアート・コミュニケーションなのだと思います。

アート・コミュニケーションやアートプロジェクトを地域や医療の場で日常的にファシリテーションしながら実践し、それぞれの領域を繋ぎながらことばにできるように活動していきたいです。


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