デザインの料金

デザイナー、クリエイターが独立したときにまず読んだ方が良いであろうオススメ本として、『広告制作料金基準表』というすごい本があります。書籍としては、定価もすごい。しかし、その価値があります。

業界の制作費用の基準をオープンに

本書は「広告制作に関する適正な商品を適正な価格で売るため、業界単位の基準価格の確立」を目指したもので、いわゆる従来の広告制作から、ロゴ、チラシ、ウェブサイト、ネット動画など、クリエイティブに関わる実際に使われている制作料金表の例や、データに基づく目安価格(最頻値)が、ある意味"暴露"されている書籍です。見積もりを通す工夫や、支払いにおけるクライアントとのトラブルと対処法なども書かれており、とても参考になります。得られる情報のメリットを考えると、むしろこの本の値段は「安い」と感じました。

たとえば本書によれば、企業のロゴタイプのデザインは、5万円でやってくれるところもあれば、50万円のところもあり、かなり幅があることが示されながらも、最頻値は30万円であることなどがデータとして示されています。ロゴマークも、同じような金額でした。(※手元にある'17-'18版の情報)

デザイナーからすると自分の制作物の値決めは悩みのタネで、フリーランス同士が集まると「見積もりどうやってる?」「え、そんなにもらってるの?」「5万円なんかでロゴ作っちゃダメだよ!」みたいなやりとりは飲み会などでよく耳にします。値決めは経営とよく言いますが、ロゴデザインの単価を5万円に設定するのか、最頻値の30万円にするのか、強気の50万円(あるいはそれ以上)にするのかによって、売上はもちろん、ブランディングや生存戦略そのものに関わってきます。

業界"目安"にとらわれない付加価値の設計

他方で、この本に書かれたデータに素直に従う必要もないとも思います。価格を最頻値に設定するということは、その他大勢のデザイナーに埋没するリスクも秘めています。クライアントから「選ばれる」デザイナーになるためには、他のデザイナーには生み出せない付加価値を設計して、しかるべき単価を設定することも、重要な戦略です。

やり方は色々あると思いますが、一つには、制作物の質とオリジナリティを高めて個性を出していく、もしくは領域専門性を高めて市場のニッチをつくことによって、代替の効きにくいポジションを確立してブランディングしていく方法です。

もう一つには、制作物のより上流の工程に対する別のソリューションと組み合わせて、高単価のコンサルティングサービスとして設計するやり方です。

たとえば、ロゴ改訂の戦略や発注要件が決まらないクライアントを相手に、ワークショップを使ってロゴデザインリニューアルのお手伝いをするケースを考えてみます。社内でロゴを検討するためのワークショップを1回やって、その話し合いを踏まえてデザイナーがロゴをデザインして納品する作業で見積もりを出します。弊社のワークショップの単価は、組織開発や商品開発であれば、課題に合わせて戦略的にプログラムを作り込み、当日はプロのファシリテーターチームが場を回すため「100万円/回〜」が目安です。単純に計算すれば、

ワークショップ単価100万円 + ロゴデザインの最頻値30万円 = 130万円

追加でリサーチなどが発生しなければ、以上が目安のプロジェクトになります。ただし、もしかするとこの説明の仕方では、クライアントには「高い」と感じられるかもしれません。トップに理解がなければ「デザインの前段階になんでこんなに金がかかるんだ?適当に会議で話し合って、デザイナーに30万円で頼めばよいだろう?アウトプットは、結局ロゴのデザインデータなのだから。そもそも、ロゴなんか、5万円で作ってくれるデザイナーもいるんだろう??」と、上からの"ツッコミ"が入ることが想像されます。

しかしながら、会社のロゴマークは単なるオシャレな記号ではなく、組織の哲学と理念を込めたアイデンティティでもあります。社内で十分に対話を重ねながら、メンバーが愛着を持て、ビジョンに共感できるメディアとしてのロゴマークがデザインできれば、その「デザインプロセス」も含めて、組織に求心力をもたらす組織開発の機会にもなるはずです。こうして、単なるワークショップ+ロゴデザインではなく、ビジュアル・アイデンティティを再定義するボトムアップ型の組織開発のプロジェクトとして設計・提案できれば、大いなる付加価値が生まれます。予算も、ケタが1つ上がる可能性もあるでしょう。その分、デザイナー側も、下準備やリサーチに時間をかけたり、ワークショップの回数を増やしたりして、プロセスとクオリティにこだわることができます。また予算以上に、もしその方がより「やりがい」が感じられるプロジェクトになるのであれば、デザイナーとしても最高です。

...という具合に、"業界基準"ドリブンで料金設定をするのではなく、デザイナー側からクライアントに提案したい/できる価値を言語化し、料金を再定義することが、業界をクリエイティブに健全化していく上でも大事なことかもしれません。でなければ、価格競争によって後世が育たず、業界は衰退していきます。

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適正な見積もりで仕事をするという意味でも、デザイナーとしての差別化戦略を立てるという意味でも、ひとつひとつの仕事を丁寧に取り組もうと思わせてくれる一冊だと感じました。



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安斎勇樹

株式会社ミミクリデザイン代表取締役/東京大学大学院情報学環特任助教/ワークショップデザイン論を主軸に社会の創造性の土壌を耕す多様なプロジェクトを推進/著書『協創の場のデザイン』『ワークショップデザイン論』ほか http://mimicrydesign.co.jp/

ワークショップデザイン・ファシリテーション論

ワークショップデザインやファシリテーションに関する知見や論考をまとめていきます。
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