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書評 │ 対岸の家事

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対岸の家事
朱野帰子


*あらすじ

今やワーキングマザーは当たり前……の時代に専業主婦として生きていくことにした詩穂。夫と話し合い納得してその道を選んだが、周りに同じような境遇の人間がおらず、話し相手を求めて模索するもなかなかうまくいかない。そんな中出会った杓子定規なパパ友や、仕事と育児でいっぱいいっぱいの隣人ママに出くわすことによって詩穂の世界が広がり始める。専業主婦って、どんな存在?を問いかける作品。

*興味深かったところ

・短編集かと思いきや、全部が一つの話として繋がっていって、それぞれの登場人物の視点になりながら進む形式で面白かった。
・ほのぼのした話かとおもいきや、後半はちょっとしたミステリーに変わって、先が気になる展開になり一気読みした。
・描写がリアルなので、専業主婦、育休中の人や時間を持て余しているお年寄りの描写が迫りくるものがあってエグいなと思うところも。

*所感

私は文庫版でなく単行本で読んだが、この冒頭に登場人物の紹介が絵付きで書かれている。先入観を持たずに読みたい私はそこを思いっきりぶっ飛ばして読み始めたので、読み終えた後にそのページを見たら登場人物のイメージが自分と差異があって不思議な気分に。

私は子どもがいるが、詩穂のような母親を目指して育児をしていたなと刺激された。詩穂は毎日丁寧に、子ども(苺(いちご))と穏やかに向き合って、節約しながら丁寧に家事をして生活をする。ただ、私のリアルは隣人として描かれているワーキングマザーの礼子と思い切り重なる。

この本に出てくる人々は特別ではなく、どこにでもそうなる可能性を孕んでいて、”完璧にその通りになれば”うまくいくと妄信してきた人たちだ。ただ現実はそう上手くいかない。そこでよろけたり崩れた時に緩衝材になるものがなく、屋上の柵を超えて消えてしまいたくなる。そんな時に手を差し伸べる人がいたら。人が生きていくために必要な余裕とは、当たり前に不自由なく暮らせているというのはどういうことなのか?考えさせれられる。

そして幸せそうに笑っている”あの”人は心から笑顔でいるのか。社会的に成功することが幸せなのか。いつも平気そうに強く生きている人でも、実は心の中はぼろぼろだったりするかもしれない。「どうせ何不自由なく生きてきたんだろう」と攻撃する前に立ち止まれるのではないだろうか。

最初は専業主婦をしていくことに自信が持てなかった詩穂が、セルフイメージを転換し、ただ自分は下の立場であるというところから変化していく様子も見ていて頼もしかった。

ギスギスした世の中で気を張っている人が、力を抜くことの大切さや、詩穂のような少し手を伸ばしてくれる人にほっとする理由を考えるとき、もう少し優しい世界に近づくのではないだろうか。

個人的には詩穂の夫である虎朗(とらお)の不器用ながらも優しく人間味ある一言一言に癒されたので、少し引用。

「もっと飲みに行ったりしたくない?」
「いや、早く帰って、詩穂の飯食って寝たい。昔、飲み歩いてたのは、帰っても誰もいなかったからってだけだし。……あ、そうだ、まだ苺の顔見てなかった。行っていい?」

対岸の家事 p.65 より

家事育児に力を入れている人間なら、自分が日々守っているものを一緒に慈しんで、自分の整えた環境に帰りたいと言ってくれる人はたまらなくいとおしいのではないだろうか。

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読んでくださり、ありがとうございました!

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