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言いわけチュックムン

 ふたりの幸せが100年続きますように。

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 昨日、ベトナム人の友人の結婚式に参加した。僕より2歳年上の女性で8年近く前に知り合ってから、ホーチミンに僕が留学しているときもよく面倒を見てくれた。
 薄っぺらく聞こえてほしくないからふだんは口には出さないけれど、僕は彼女を自分の姉のように思っていた。
 そんな友人の結婚式。ひなびた彼女の地元は、僕が住んでいるハノイではなかなかお目にかかれないようなきれいな青空だった。

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 2年前、僕が日本にいたとき、高校時代の友人たちの結婚式ラッシュがあった。みんな、馬鹿話をした男友達だった。
 結婚式であったワンシーン。花嫁が自身の父親と結んでいた手を離し、旦那さんである僕の男友達のそばに寄る。花嫁の父親は立ちつくして、ふたりの若者を見送る。
 そのとき、女性が結婚するとはどういうことなのかを理解した。
 友達として「おめでとう」と、彼女の父親のかわりに「ふざけるな」を同時に言ってやりたかった。

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 僕は新婦の実家に泊まらせてもらい、結婚式の翌日である今日の朝をむかえた。
 友人の旦那さんが、どうやら朝早く来たらしく、6時ぐらいから家の前をはいている。彼は、僕より2歳年下で、カフェの経営者らしい。目鼻立ちがしっかりとしていて凛々しい顔つきだが、笑うと朗らかな空気がただよう。
「朝早くから奥さんの実家を掃除するとは、いい心がけだ」と内心で褒めてやる。ただ、まだ認めたわけではない。
 そのあと、奥さんの親戚の小さな子どもをつれて、僕たちはバイクで街へと駆け出した。カフェや海をまわろうとなったのだ。
 旦那さんが運転するバイクのすぐうしろには小さな子どもが座っていて運転手の服をつかんでいる。そのうしろに彼の奥さんがいて、子どもをしっかりつかんでいる。
 その風景があまりにも自然で、まるで本当に自身の子どもといっしょに移動している家族のように見えた。ただ、まだ認めたわけではない。
 旦那さんは、朝ごはんをきれいに食べきっていた。あとに合流した奥さんの女友達や僕のお会計までいつのまにかすませていた。海についたとき、親戚の子どもと手をつなぎながら、朗らかな笑みを浮かべて砂浜を歩いていた。
 ただ、まだ認めたわけではない。

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 昼食中、帰りの便の関係で僕はひと足先に店を出た。友達に呼んでもらったタクシーに乗り込むまで、旦那さんとその奥さんも見送ってくれている。
 僕は、もう心を決めていた。
 タクシーに乗る直前、ふたりに向かって「チュックムン!」と笑顔で言ってやる。ベトナム語で「おめでとう」という意味だ。
「ふざけるな」をベトナム語で言えなかっただけだから、あいつが勘ちがいしないといいのだけれど。

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