アメリカ単独覇権から激動のリバランス時代へ

ロシアに降り立つシカゴ・ボーイズ
以前ラテンアメリカ諸国のお話で、シカゴ学派(シカゴ・ボーイズ)の指導の下、いかに国家資産が欧米企業の餌食になったかをお話しました。そのシカゴ・ボーイズが次に向かった先は、ソ連崩壊直後のロシアでした。全ての企業が国営企業であるため、得意の民営化を進めるにはあまりにも莫大な量(そして欧米企業にとっての利潤)があることは明らかでした。

ソ連崩壊直後の混沌の中、シカゴ・ボーイズに勧められるまま、エリツィン政権は国営企業の大胆な民営化並びに従来の価格規制等の撤廃、国家予算の削減を行いました。まず、民営化については、国営企業の適正な価格査定のベースとなるような資料がほとんどない中、バウチャーという形で国民に民営化予定の企業株式を配布します。当然、何だかよく分からない国民は、その価値が失われないうちに売却へと殺到します。これをシカゴ・ボーイズの背後にいる欧米企業や民営化を進める旧ソ連の政治局員、旧経営陣たち―日本ではインサイダーと言います―が、二束三文で買い集めました。

結果、「新興億万長者たち(その多くは絶大な富と権力で「オリガルヒ」と呼ばれる集団を形成するようになった)は、エリツィンのシカゴ・ボーイズと手を組んで価値ある国家資産をほぼすべて略奪し、1か月に20億ドルのペースで膨大な利益を海外に移していた。(中略)外国の多国籍企業が国家資産を直接買収することを認めず、まずロシア人に買収させた。その後、いわゆるオリガルヒが所有する新たに民営化された企業の株を、外国の投資家に公開したのである。それでも利益は天文学的なものだった。」*

一方、シカゴ・ボーイズが羊歯にもかけない、一般庶民はどうなったのでしょう。「1998年にはロシアの農場の8割以上が破産し、およそ7万の国営工場が閉鎖、大量の失業者が生まれた。ショック療法が実施される前の1989年、ロシアでは約200万人が一日当たりの生活費4ドル未満の貧困状態にあったが、世銀の報告によれば、ショック療法の「苦い薬」が投与された90年代半ばには、貧困ラインを下回る生活を送る人は7400万人にも上った。ロシアの「経済改革」によって、たった8年で7200万人が貧困に追いやられたことになる。1996年にはロシア人の25%、約3700万人が、貧困の中でも「極貧」とされるレベルの生活を送っていた。」

しかし、いつまでもシカゴ・ボーイズの言いなりにはなりません。エリツィン後、政権についたプーチン大統領の下で、エリツィンの周辺で不当な利益を貪っていたセミヤー(「家族」)及び政治介入するオリガルヒを汚職の罪で追放し、KGBを中心とする再び「強いロシア」へ向け、シロビキ(ソ連時代のKGB、現在の連邦保安庁(FSB)などの特殊情報機関、内務省などの法執行機関、そして軍でキャリアを積んだ人々)を多く登用し、中央集権化を進めていきました。その過程で、ブリティッシュ・ペトリアム(BP)、シェル、エクソンモービル等外国企業をエネルギー部門から締め出したことは、いうまでもありません。

イラク戦争でアメリカ単独覇権を食いつぶす
シカゴ・ボーイズが、次に降り立ったのはイラク戦争前後のイラクです。イラク戦争を実質指導したのは、ラムズフェルド国防長官です。この御仁は、フォード政権下で史上最年少の国防長官となった後、製薬企業等のCEOとして辣腕をふるっていました。その後、ブッシュ(子)政権で再び国防長官に返り咲いたラムズフェルドは、シカゴ・ボーイズの教祖、フリードマン教授と親交があり、その教義を最も純粋な形で実現する場を、イラク戦争後のイラクに求めたのでした。

ラムズフェルド国防長官の下、国防総省・米軍を少数の精鋭たちのみを残し、できるだけリストラしたのですから、イラク戦争中米軍の多くの仕事-政府要人の警護から在イラク米軍基地の建設・運営まで―が「民営化」、すなわちハリバートン社、ブラックウォーター社等の軍需産業、セキュリティ産業へと大盤振る舞いの予算で、業務委託されました。しかしここで問題なのは、監視の眼が行き届かないということです。事実、NYタイムス紙は「2007年4月アメリカ政府監査官が米企業によって完成した産科病院や浄化システムなど8か所のプロジェクトを調査したところ、そのうちの「7か所はもはや当初の意図通りに稼働していない」ことが判明したと報じています。*きちんと監視されないと分かっていれば、まともに委託業務をしますか?

並行して、アメリカが設立した暫定政権(CPA)の下で、国営企業200社を民営化し、その従業員の大半を解雇し、貿易規制を全面解除し、新石油法を制定しました。「外国企業がイラク国内で得る利益には何の制約もなく、投資企業がイラク企業と提携する際の出資比率や、油田でイラク人労働者をどの程度雇うべきかについての規定も一切なかった。なかでも厚顔無恥というべきなのは、将来の石油契約に関してイラクの国会議員は何ら発言権も持たないという規定である。代わりに設置されるのが「連邦石油ガス協議会」で「NYタイムス」紙によれば「イラク内外の石油専門家で構成される委員会」から助言を得るという。選出に依らない協議会が、不特定多数の外国人の助言を得て石油に関連するすべての事柄に最終的決定権を持ち、イラクがどの契約にサインすべきかを決定する全面的な権限も持つというわけだ。これは事実上、イラクの主要財源である国有石油資源を民主的管理の対象から外し、富と権力を持つ石油独裁者の管理に任せることに等しい。しかもこの独裁者たちは、機能不全に陥ったイラク政府と共に存在し続けることになるのだ。」*

そうしておいて、「何十億ドルという金を請負業者に分配し終わると、CPAは跡形もなく消えてなくなった。スタッフは民間企業に戻り、数々の不祥事が浮上した時にはCPAの失態を説明できる責任者は誰一人残っていなかった。」*

一方、アメリカの失政を現代版略奪だとして、イラク国民が怒りを覚えることに何ら不思議はありません。その怒りは暴力の形を取り、外国人部隊が鎮圧することの無限ループに発展しました。侵攻から11か月後の2004年2月では、イラク国民の過半数は世俗政治を望んでいましたが、その半年後には「国民の70%までがイスラム法を基本とした国家を望むと答えた。」*といいます。その結果、イラクに親イラン(アメリカとは疎遠)政権が誕生し、アメリカ政府のイラクへつぎ込む金額は天井知らずとなっていきました。

こうなってしまっては、いかに冷戦後単独覇権国だといっても、体力が持ちません。

欧米外しの潮流
そこで、アメリカを復活させようという力学が働きます。しかし、従来のように戦争を頻繁に行っては出来ません。そこで、オバマ大統領が「アメリカは世界の警察官ではない」と発言し、世界のあらゆる問題への必ず関与するとは限らない(し、問題を持ち込まないでほしい)と宣言しました。その結果、2011年に始まったシリア内戦にも、ロシアがクリミア半島を占有した際も関与しませんでした。

このように力の空白ができれば、それを埋めようとする力学が働きます。そこで、中東で埋めているのがロシアです。そこに、アメリカの庇護を疑問視するサウジアラビアとその沿岸諸国が接近する形となり、さらにはヨーロッパの一員になりたいと長年切望したのにかなわずあきらめたトルコや、アメリカから非難されているイラン、さらには中国やインドが少しずつ緩やかなネットワークを作り始めています。それが形となったものの一つに、BRICS+とその関連ブレトンウッズ機関(アジア・インフラ投資銀行、新開発銀行)があります。

しかし、「現在」これは軍事同盟ではありません。アメリカに反発心、不信感があるからと言ってすぐに敵になるわけではありません。また、国によってはロシア等に接近することにより、欧米からの秋波を引き出し、双方の条件を両天秤にかけようという考えをもっているともいわれています。そして何より大事なのは、最初から仲良しグループではないということです。

例えば、近年蜜月と言われるロシアと中国の関係を見てみましょう。ロシア帝国時代、列強による中国権益の分割(瓜分の危機)の企みがありましたが、ロシアも後発国として食指を動かしていました。日清戦争後ロシア、フランス、ドイツが三国干渉により、清から獲得した遼東半島を日本から返却させましたが、その遼東半島の南端にある大連・旅順をロシアが清から租借していました。その後シベリア鉄道を建設し、中国へ伸ばそうとしたロシアを阻止したのは、日露戦争であることはよく知られています。

その後、1945年、スターリンは、旅順と大連のほか、外モンゴル、新絳、満州での貴重な権益を約定した条約を締結していたため、毛沢東の政権樹立をギリギリまで承認しませんでした。但し、この頃毛沢東はソ連を共産主義の兄のように敬意を払っていたため、まだよかったのです。

「しかし、やがて両者はマルクス・レーニン主義の正しい解釈の仕方などの問題を巡ってイデオロギー論争をはじめ、それは一種の本家争いの様相さえ帯びるに至った。フルシチョフ政権は、おのれのスターリン個人崇拝批判に必ずしも同調しようとしない毛沢東・中国に対して反感をあらわにし、ついに経済的、軍事的、その他の援助を中止した。それに続くブレジネフ時代は、そのほとんどが中ソ対立期だったといえる。1969年には、二度にわたってダマンスキー島(中国名、珍宝島)付近で軍事的流血事件が発生した。ブレジネフ書記長は政権末期の1982年に対中和解を呼びかけ、アンドロポフ書記長もこの方針を引き継いだ。そして、ソ連はようやく中国との関係を改善することに成功した。」**

その後プーチン大統領時代に、中国との懸案であった国境問題を解決しましたが、それでも緊張の要因がなくなったわけではありません。主要なものに、中ロが国境を接している東シベリア開発問題、中央アジアへの中国の果敢な進出問題があります。ソ連時代東シベリアには軍需産業が多かったのですが、ソ連崩壊後これらの職が失われた結果、多くの人々が西部へ移住しました。そのため、豊かな資源を持つ東シベリアを開発するロシア人労働者が不足した一方、中国東北地方がその資源を利用した経済発展を望み、そこを資源拠点とする経済進出が著しく、今後中国のプレゼンスが大きくなるのではないかと、ロシア中央政府を警戒させています。また、中央アジアは従来ソ連(ロシア)経由でしか、自らのエネルギー資源を国際市場へアクセスさせてもらえませんでした。そこへ、冷戦後中
国が、中央アジアへパイプラインを通す等の形で進出しているため、ロシアを警戒させています。

このように互いに火種を持っている関係ではあるので、そう簡単に関係が良好になるわけではありません。しかし、欧米が疎外するような言動に出れば、軍事的な結びつきが発展する可能性は、今後十分にあります。

米民主党の単独覇権離脱計画
案外、これがアメリカの民主党政権の考案した、アメリカ単独覇権離脱計画なのではないかと推測しています。すなわち、1つまたは複数の新興国が老大国アメリカに挑戦できそうだが完全にできるわけでもなく、(シカゴ・ボーイズとタッグを組むような)一部の欧米政府の行動のツケをアメリカ政府が払う必要のない状態を作り出す、ということです。

このように考えれば、BRICSには、イギリスの息がかかった南アフリカや独立心の強いインドが含まれ、反欧米で結束しにくい要素が多分に入っています。ある程度欧米への不満へのはけ口を作り、時々結束した場合の危険性を国内外に匂わせておきながら、裏で大問題にならないように操作できれば、安心です。

また、野放図に動く一部の欧米企業の行動を制御するために、以前お話しました通りBRICS+の国々に米ドルを使わない方向に仕向ける形で基軸通貨としての力を削ぎ、アメリカ政府の野放図な出費を制限することで、第二、第三のイラク戦争といった不要な戦争を将来のアメリカにさせないようにできます。

企業献金なくしてアメリカ政治は成り立ちませんが、その見返りに彼らの野放図な行動のツケを幾度もアメリカ政府が払わされてきました。そうした負のスパイラルを根本から断ち切ろうとする動きともいえます。いっとき法律で何かしらの規制をかけられたとしても、企業は規制そのものを撤廃・緩和させることが目に見えていますので、そもそも戦争できないという状態に持っていくしかないという結論に達したのかもしれません。

そして不要な戦費分を、日本と同様老朽化している社会インフラ等の立て直しを通じ、アメリカ国内に雇用を創出し、アメリカ経済を再活性化するための資金としてアメリカ国内に投下できます。そして、アメリカ経済の復活を、社会インフラの整備を通じた雇用創出という形で実現するというのが、現在のバイデン政権内にあるプログレッシブ経済の考え方です。

2024年の大統領選で民主党政権が続けば、この路線で進められると思いますが、共和党が勝てば、また違う形のアメリカ単独覇権離脱計画が進められるかもしれません。何せ、政府機能の縮小が党の理念の一つですから。

不安定なリバランスの時代へ
ただ、この単独覇権離脱計画で、全くスムーズに新しい世界秩序が生まれるわけではありません。現在のイスラエル・パレスチナのように、欧米の力で抑えられてきた地域、あるいはアメリカが従来の国際秩序を死守しようとする地域以外かそのボーダーラインにいるような地域では、パワーバランスの変化により、リバランスしようとする力学が働き、紛争が起こりやすいでしょう。

アメリカが死守しようとするエリアは、第一に西半球と西欧、第二に北東アジアでしょう。アメリカ企業の海外への直接投資先国を見ると、分かりやすいです。アメリカ政府の統計によれば、ルクセンブルク、バミューダ島等タックスヘイブンを除いた上位10か国のうち5か国が西欧、3か国が西半球、1か国が東アジア(中国)です。***このような分布でアメリカ企業が海外に資産を持っている以上、その地域へのアメリカの影響力(資産保障力)を下げるわけにはいきません。

一方、上記から漏れてしまう地域、特に東欧~CIS諸国、アフリカ等は、今後紛争のリスクが高いでしょう。ロシアの後押しで、地域のパワーバランスが変わってきてしまうからです。先般ワグネル社のアフリカでの活動範囲が報じられましたが、まさにスーダンや中央アフリカ共和国等は内戦途中でもあり、ロシアが公式・非公式に味方する側にすれば追い風となります。

では、欧米の力で抑えられてきた、台湾や朝鮮半島はどうでしょうか?ロシアの盟友、中国にすれば、台湾は統一対象であり、軍事的統合は選択肢の一つであるとはいうものの、焼け野原になった台湾では経済的価値が低く、平和な状態での統合が望ましいことは言うまでもありません。台湾が独立宣言をするか核保有をするという「挑発」がない限り、時間が味方である中国としては、統合を急ぐ必要はありません。

また、中国としては米軍基地を有する韓国と国境を接したくないので、緩衝地帯としての北朝鮮を望むものの、下手に第二次朝鮮戦争を始めて北朝鮮喪失リスクを負いたくないですし、その必要はありません。金正恩総書記の考え方次第ではありますが、38度線に米兵が常駐している以上、北朝鮮軍が米兵を殺害せずに越境することは難しいので、まともに考えれば挑戦したくはないでしょう。

*ナオミ・クライン著 「ショック・ドクトリン」上下
**木村汎著 「現代ロシア国家論」
*** U.S. Bureau of Economic Analysis, “Direct Investment by Country and Industry, 2022”, July 20,2023. 2022年数値で比較。
https://www.bea.gov/data/intl-trade-investment/direct-investment-country-and-industry


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?