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因縁の本について~本をすすめたり貸したりすること

わたしには「因縁の本」がある。

よしながふみによるオムニバス漫画『愛すべき娘たち』だ。

 なぜ「因縁の本」なのか?この記事でお話ししてみようと思う。

 

最初にこの本を知ったのは約十年前。遠距離恋愛で交際中だった読書好きのパートナー(現在の夫)が、大阪から東京へ帰るわたしに貸してくれたのが『愛すべき娘たち』だった。

 

「「女」という不思議な存在のさまざまな愛のカタチを、静かに深く鮮やかに描いた珠玉の連作集。オトコには解らない、故に愛しい女達の人間模様5篇。」

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長い本ではないので、帰りの新幹線の中で、それこそ東京に着く前に読み終えてしまったと思う。ただ、読後感は決して良いものではなかった。始めた時から非公開でつづっている備忘録的なブログに、次のような書き捨てがある。

そして東京へ帰りつくやいなや、再読することもなく送り返してしまった。

 

あれから十年…彼と結婚し、おととしの冬には子供も生まれ、ふとこの本を思い出した。早速取り寄せ、改めて読んでみると…

あの頃のわたしは何を、いったいどこを読んでいたのだろう?という気持ちになった。
ただ、今ならその理由もなんとなく分かるような気がする。

 

冒頭の第一話は、30歳の独身女性が、年下の男性と再婚した母親を受け入れていく様子を描いた一編だ。

当時、東京で一人暮らしをしながらも毎週のように帰省し、母の存在が重たくて仕方なかったのに、価値観や生き方、物事の選択などすべてにおいて母から言われたことを忠実に守り続けていたわたしは、一度も母という存在を突き放したことがなかった。

重い母とうまくやっていくためには、一度突き放してから受けとめる(必ずしも受け入れる必要はない)過程が必要だ。ただ、当時のわたしにはその勇気がなかった。母が法律で、母が太陽で、母こそがすべてだった。母を突き放した経験がない人に、母を受けとめられるはずがない。それに気が付いていなかったから、『愛すべき娘たち』の第一話が「母を受け入れよ」というメッセージを放つ暴力的な作品に読め、しかもパートナーにまでそれを強要されたように感じてしまったのだろう。

 

それでも、「因縁の本」はやはり「因縁の本」だった。

本を手近に置き、夫と「あの頃こんなことがあったね、まだ若かったねえ」というような話しをしつつ「なんでわたしにこの本を貸してくれたの?いつこの本を買ったの?」と質問してみた。当時は怒りに任せて送り返してしまったので、感想を共有するなんてことはしていないし、彼がどんな経緯でこの本を知ったのかについても教えてほしかったからだ。しかし、返ってきた言葉は…

「なんでそんなこと教えなきゃいけないの?」

カッチーン、という音が本当に聞こえるなら、盛大に鳴り響いていただろう。「どうしてそんな言い方するの!??」…十年の時をこえ、再び不愉快な気持ちになり、夫とは喧嘩になった。といっても、わたしは気持ちを言葉にするのが下手だし、感情の高ぶった人間の前では極度に萎縮してしまう習性があるので、冷戦のような喧嘩だったのだが。

今思い返せば、昨年秋は夫の仕事の繁忙期で、わたしもワンオペ育児でかなり消耗していたため、二人ともかなり疲れていたのかもしれない。後日夫が言った「この本のせいで喧嘩になるんじゃなくて、感情的になってる時にこの本を読むからでしょ」という指摘は、案外当たっているかもしれない。

だとしても…十年前も十年後も、相変わらず夫は不器用すぎないか?何かこう、いい感じの言い方というものが、もっとあるんでないの?と、少しだけ悪口を言いたくなってしまう。

 

誰かに本をすすめたり、貸したりするという行為は、簡単なようで、実はとても難しいことなのだろうか。

本をすすめたりすすめられたり、貸したり借りたりする。でも、読後に起きる出来事に対して責任を負ったり、負わされたりする必要はない。感想を共有することが楽しいとは限らない。そもそも、感想が共有できるとは思わない方がいい。これらを忘れると、その隙間に「因縁の巣」ができる…のかもしれない。

 

再読して一番心に残ったのは第四話。中学生の女の子三人組のうちの二人が校庭でこんな会話をするシーンがある。ちなみに「如月」は第一話の主人公だ。

牧村「結局女が/闘うしかないんだよね/割食ってる方から/文句言うしかないのよ/でなきゃ/家庭内の/男女平等なんて/成立しないよ」

如月「でも牧村/結婚する男(ひと)って/結婚する程度には/好きになった/男ってことじゃん?/それって/難しいよねえ~~~/だって闘ったあげく/その人に嫌われたら/嫌じゃなーい」

牧村「ハッハッハ/コドモだね如月は!/だから闘っても/大丈夫そーな男を/見分ける目を/養えってことよ!」

よしながふみ『愛すべき娘たち』

暴言を吐いたり、暴力を振るったりする人は、残念ながら存在する。だから、そういう人をパートナーとして選ばないよう、人を、男を見る目を養うべき…牧村の言う「ライフハック」は賢くも悲しい。世の中を変えるより、知恵をつけて自分を守るほうが早いということは、知恵のない者は自己責任として切り捨てられても仕方ない存在へと追いやられる、ということでもある。

 

先ほども書いたように、わたしは冷戦のような喧嘩しかしたことがない。夫に対してカチンときても、ぐっと我慢するか、不機嫌になって黙り込んでしまうことが多く、自分の気持ちをガツンと口に出して感情的やなやりとりをするというタイプの喧嘩ができない。幼い子どもの前で喧嘩しているところを見せたくない、という気持ちも働く。

ただ、わたしはわたしなりに「闘っても大丈夫そーな男」を選んだのではなかったか…だとすれば、たまには一戦交えてみてもよいのではないか…そうしない限り、この本との因縁は続くのではないか…そんな気がする。


あなたには「因縁の本」があるだろうか。

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