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一人っ子論の歴史(10)~なぜバッシングされてきたのか

▼今回の記事のハイライト▼

一人っ子批判は、その過激さを極めながら、すでに斜陽期に入っていた。
前述したように、18 歳人口が減少した 1990 年代にあって、一人っ子は増加傾向にあった。
一人っ子批判は時代にそぐわないと、論者たちは気付きはじめたのではないか。
(一人っ子として育った高橋章子氏は)中学生の頃、つまり 1965 年から 1967 年頃、新聞に一人っ子の増加と、その協調性、社会性のなさを強調した記事が掲載されたのを目にしたという。
高橋氏は、記事に掲載されていた依田明氏の著書『ひとりっ子・すえっ子』を購入している。
購入後、本を開くことはなかったというが、この時、高橋氏のなかに「一人っ子はこういうもの」というステレオタイプの種がまかれたのではないか。

この記事は連載企画「一人っ子論の歴史~なぜバッシングされてきたのか」の第10回です。
▼第1回、第8回無料公開しました▼

前回の記事では、1980年代の日本において、中国を反面教師に一人っ子批判が補強されていく様子について書いた。

今回の記事では、1990年代の日本において、学歴社会を背景に一人っ子批判が継続されつつも、一人っ子当事者による語りがなされてゆく様子について見ていきたい。

●「まるちゃん」声優が歌った一人っ子の姿

バブルのボディコン OL が好きだったアニメに「ちびまる子ちゃん」があるという。
多くの人々がお金に踊り狂ったその頃、時代のアイコンとなった人々がお金以外で永遠に変わらない価値を見出したのが、ちびまる子ちゃんが過ごしたような子ども時代の思い出だったのかもしれない。

「ちびまる子ちゃん」は、さくらもも子による同名漫画が原作で、1990 年に最初のテレビアニメシリーズの放送が始まった。

まる子役の声優・Tarako は、1995 年、アルバム「わ~いっ!」に「一人っ子の孤独」という歌をおさめている。
曲はレゲエテイストで、明るい太陽が降り注いでいるかのような明るい調子。
しかしその歌詞で歌われるのは、休みの日は昼からお酒でどこへも連れて行ってくれない父親、念入りにお化粧し子供を祖母宅に預けて出かけてしまう母親、という残念な両親の姿である。
つまり、身勝手な親が一人っ子を生んでいる、とでも言いたげだ。

「一人っ子の僕は孤独 TVの前でぐーずぐず」

曲は最後にこのフレーズを繰り返しながらフェードアウトしていく。

歌詞に添えられたコメントには「お兄ちゃんがほしい!お姉ちゃんでもいいよ!弟でも妹でもいいから、僕にちょうだいっ!いつも一人でファミコンじゃ、そのうちグレるよ」とあった。
作詞作曲は Tarako 本人。
彼女が一人っ子なのかどうかは分からないが、一人っ子の子供の生活はあまり健康的でない、将来に悪影響だという思いを反映した歌なのは確かなようだ。

事実、大人たちは病みつつあった。
1990 年末頃からいわゆる「バブル崩壊」が始まり、多くの会社が倒産し失業者がうまれた。
1992 年には 18 歳人口が減少に転じてもいた。
しかし、良い大学に入って大きな良い会社に就職すれば、つまり努力さえすれば明るい未来が開けると信じられ、大学への進学率はのびていく。
学歴社会の到来である。

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