やさしい心で、心を痛めず誰かを傷めずに生きていきたい
誰かとつながる、助け合う、支え合う。
そのことのたいせつさを今日はよく感じさせてもらいました。
昨日は記事で、つよくならないといけない、そんなふうに考えていたよ。とシェアさせてもらいました。虚勢を張らない、できない自分やだめな自分でも受け入れる、たいせつにする。
そのことはとても大事だとぼくは考えています。
それに付けくわえてまた大事にしたい価値観が、内側にあることに気がついのです。
それは、「みんなと仲良くすること」。
いまの時代ではそれを大切にしている人はあまりいないかもしれなませんが、ぼくは幼き頃からみんなと仲良くしたい、と心の深い部分で思い続けてきたのです。
心からあの人はもういいと、切り離せず、どこかよい関係を築けないものかと思ってきたのです。
そのことはもう過去のことでしたので、わすれていたのですが、また今日思いだして、たいせつにしたいなって思ったんです。
誰かを切り離し、この人はもういいとか、関係ないから放っておこうとか、人のことだから、と見捨てるのではなく。人を大切に、思いやって付き合っていきたいなって思うようになりました。
人を痛めることはその傷はいつか自分へもかえってきますし、自分自身のせっかくいただいた善性にも傷をつけることになります。
それはとても、もったいないことだと思うのです。
この note を読んでくださっている、ありがたき読者の皆さんともぼくは深くつながっているって感じています。かおをあわせたわけでも、クラスが一緒だったわけでもないけれど、みんな深い部分ではともにいて、はげましたりはげまされたりしているように感じます。あったかい気持ちになります。
そう思ったりすると、自分一人の力で生きているということが、いかに強いおごりだったのかと思います。
申しわけない話なのですが、すこしまえまで読者さんが増えることは数字がふえること、と思い、そのことで自分の価値が上昇するとおもい喜んでいました。ですが、フォロワー数も増えるのですが、そこにはやはり、ひとり一人のかたのおもいあってのことなのだと、ようやく理解することができました。
一人ひとりの方のあたたかなお気持ちがあって初めて読んでみよう、読ませてもらおうと思っていただけるのだと、いまさらながら気づかせていただきました。
あの人はこんな人だから嫌いとか、つい思ってしまうけど、なるべく誰のことも差別したりきらわないで、生きていきたいと、ぼくは思っています。心の痛むようなニュースもよく報道されますが、心から望んでわるいことをする人というのはいないと思います。
いたしかたない、ということばでは片づけられませんが加害者のかたにも何かいたたまれない思いも背景にあるようにおもいます。
誰もが痛まず、痛めず、やさしい心で幸せに暮らしていきたいものですね。ここに読みに来てくださる方に支えられ、ぼくも書くことがつづけられています。
そのことへ感謝を、忘れずに、よい味の真心のこもった記事が書けるようにこれからも、たのしみながら精進させていただきます。
みなさんもいろいろ日々の中であると思いますが、ご自身を大切に生きていってくださいね。
あなたの今日が笑顔と喜び、光に彩られたうつくしい一日となりますように。どうぞ、幸せにお過ごしください。
今日もお読みいただき、心より感謝いたします。
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