九尾の狐の秘密 〜殺生石との関わり〜

九尾の狐は、中国に伝わる伝説上の生き物。
9本の尾をもつキツネの霊獣または妖怪である。

中国の史書では、九尾の狐はその姿が確認されることが泰平の世や明君のいる代を示す瑞獣とされる。
一部の伝承では天界より遣わされた神獣であるとされる。

また、物語のなかでは殷の妲己や日本の玉藻前のように美女に変化して人々の世を惑わす悪しき存在の正体であるともされ、こちらの印象が強い。

平安時代、鳥羽上皇(74代天皇、在位1107-1123)が寵愛したという伝説の女性・玉藻前九尾の狐の化身(妖狐)で、陰陽師安倍泰成に見破られて東国に逃れ、上総介広常三浦介義純が狐を追いつめ退治すると狐は石に姿を変えた。
しかし石は毒を発して人々や生き物の命を奪い続けたため「殺生石」と呼ばれるようになり、1385年には玄翁和尚によって打ち砕かれ、そのかけらが全国に飛散したという。
物語が示唆する殺生石と九尾の狐の関連性とは何であったかを考察したい。

殺生石は、栃木県那須郡那須町那須湯本温泉付近に存在する溶岩で、付近一帯に火山性ガスが噴出し、このガスにより鳥獣が命を落とす事例が古来知られてきた。

那須温泉では、湯の花が採取される。
湯の花とは、含硫黄堆積物である。

硫黄

この鉱物が歴史的に重要な意味をもつ。

ここから、玉藻前の名前が重要になる。
玉藻とは、藻を玉にしたもの。
藻草
コンブやワカメなどの藻類

藻類にはヨウ素が大量に含まれており
昆布は明治時代、爆薬の原料として用いられた。
つまり藻類は爆薬と関係が深い。

一方、モグサ(艾)。
ヨモギの葉の裏にある繊毛を精製したもの。
主にに使用される。
だが、ヨモギの歴史に注目した時、別の意味をもつ。
着火剤。
火がつきやすいため、原始より火起こしに利用されてきた。またヨモギはどんな荒地にも根付く。

つまり、モグサと言う響きには、燃える草の意味が込められている。
さらに中国地方の口伝では本願寺門徒の間で蓬(ヨモギ)の根に尿をかけたものを一定の温度で保存することにより、ヨモギ特有の根球細菌のはたらきで硝酸が生成されることを発見したという。
馬の尿とヨモギでそれは量産(当時にしては)された。これらは当時の軍事機密であったので厳重に守秘されて一般に広まることはなかったが、本願寺派に供給された火薬の主体であったという。

殺生石は、「せっしょうせき」と読めるが、赤硝石もまた同じ読み方ができる。

炭+硫黄+硝石=火薬

紅藻類は、炭酸カルシウム、炭酸カリウム、ヨウ素を含有。
硝石の製造法として海藻を焼いて炭酸カリウムを含む海藻灰を作り、硫酸塩や硫酸を用いて製造する方法がある。
つまり、玉藻前と言う名には、硝石の存在が隠されている。
日本のような湿気った土地では天然の硝石は産出されない。
輸入するか製造するしかないのである。
玉藻前の前は裂きに通じている。
硝石の製造技術に関して、何らかの分断があった。
海藻からヨモギへ。
海から山へ。
山野草、蚕の糞、馬の尿から硝石を作り出す方法を発明した。
その技術は、全国の高田という場所に飛散した。

次に玉藻前の伝説の時代背景をみる。
鳥羽天皇とはどんな人物で、どんな時代背景を生きた人だったか。
院政全盛期の天皇。
笛の名手で催馬楽に優れていた。
仏教を厚く信仰し、23回にも及ぶ熊野詣を行った。

平安末期は、武士の台頭、末法思想による人々の不安など混乱の大きな時代。
不安を払拭するようなイベントが求められただろう。

爆竹は、音響花火の一種。
竹筒や紙筒に黒色火薬をつめて並べ,その端に点火して,次々に爆発させる。
元来は青竹をたいて爆音をたてることをいう。
魔よけになるとされて,慶事に用いられてきた。

妖怪や悪鬼のたぐいは,その激しい破裂音に驚いて退散するとされた
北宋以後,硫黄をまじえた火薬を用い,〈爆仗(ばくじよう)〉と呼ばれた。
北宋は960ー1127年の期間。
鳥羽天皇は1107ー1123年。

この時代から硫黄を用いた爆竹を使用していた。
硫黄の使用に通じた一族、彼らは芸事として火を操る事に長けていたのだろう。
魔を祓うと共に、ショーのように見せ物にもなっていたのだろう。
玉藻前を寵愛したエピソードは、魔除けに必死になる様を示していたように想像する。

さて、狐である。
狐の尾はふさふさしている。
神事に使用される大幣(おおぬさ)に良く似ている。
麻を裂いて出来た大幣、祓う為の道具。

尾の漢字の意味。

尾は、お、ビと発音される。
麻の古語は、お。
また糜、靡、縻のように麻にはビの声がある。

尾は、獣の尾毛の象形とされるが、甲骨文の象形では
人である。
説文では、微なり。到毛の尸後に在るに従う。
古人或いは飾りて尾に系(いとか)く。西南夷皆然り。
とある。
系は飾り糸を垂れている象形であり、祓除のため呪飾として佩びるものであった。

尾ある人。
人には尾はないが、尾が描かれる理由。
説文には、古人或いは飾りて尾に系(いとか)く。
西南夷皆然り、とある。
系は飾り糸を垂れている象形であり、祓除のため呪飾として佩びるものであった。

大幣はこの狐の尾から発した慣わしだろう。

九尾の狐は、元々麻と火を用い神事を行う人であったと考えられないだろうか。

尾を身に付けていた。腰巻のように。
さらに腰巻に系を飾っていた。

麻はその繊維をさいて、麻糸を績む。
麻布を腰にまいていた。
帯びる。

オの声は、麻を指していた。

一方、麻には麻皮の繊維を示すハイという漢字がある。

ハイ、おびる、つけるという漢字に佩がある
帯から巾を垂らして身につけて飾りとするのを佩と言う。

つまり古代、腰に帯(麻布)を巻き、そこに様々な飾りをつける風習があった。

この飾りが元々、麻皮の裂けた繊維であり、ハイと呼ばれ、儀礼化して佩となったと推測する。
そもそも飾りとしての機能ではなく、生活に必要な道具であったと考える方がスムーズである。
コロナ禍のマスクのように、必要性が装飾の対象となる。
では何の道具であったか。

おそらく結縄。
記録する為の道具として、麻皮が用いられた。
何を記録するのか。
星の位置。水場の位置。数字。
移動するために必要な情報を残した。

これらがさらに進化したのが玉であろう。
結縄の結び目を玉にし、飾りとしての価値を付加した。
重要な情報は、玉に込められていく。
故に、玉は権威の象徴となる。
代々の秘密の情報を込めたもの、ご先祖の魂そのもの。

情報の読み方は、玉と歌に込められた。
節目、拍、リズム。

結び目とリズムが暗号化される一番の理由は、眼にあったと推測する。見えない人。弱視、色盲。老眼。


さて、麻を績むのに必要なのは、高温の湯。
温泉場が絶好の場となる。
温泉では湯の花が採取される。
湯の花は含硫黄堆積物。
非常に発火性が高く危険。
硫黄は、黒色火薬の原料でもある。

麻と硫黄には、切っても切れない繋がりがあった。

古来より狐と火は結びつけられ語られてきた。
狐火ともいう。
硫黄が燃える時、青い炎がでる。

また、狐は馬の爪が大好物で、死肉を食らい、墓を暴くと言う。

馬の爪は、ケラチンからなる。硫黄成分を含み、爪を燃やせば独特の匂いを発する。
人の毛髪もケラチンからなる。
彼らが必要としたのは、含まれる硫黄、
さらに馬の爪には、糞尿や泥がこびりついており、酸、アルカリ、アンモニアなどの成分が自然に採取される。
つまり硝石が採れた。
玉藻前の頃から火薬爆薬の製造は海から山へ場所を移し、鉱山開発、修験道とも結び付き、発展していった。

狐は、麻と火と芸能の担い手として歴史的に重要な位置におり、その富は、嫉妬の炎を生み出し、妖怪として語られるようになっていく。








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