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【短編】スマホを落とした話

 令和六年二月十一日 日曜日 晴れ/曇り

 外食をしたいと夫を誘ってみた。いいんじゃないと夫が言ったのでクルマで十五分ほどのところにあるファミレスに行くことにした。

 ファミレスの駐車場にクルマを停めて、店に入ろうとしたそのときにポケットに入れたはずのスマホが無いことに気づいた。たしかに上着のポケットに入れたはずだとおもいながら身体中を探してみたが何度探してみてもスマホは見つからない。クルマの中にもない。
 でも絶対に家から持ちだしていることだけは間違いない。上着のポケットに手をつっこんでスマホをさわりながらクルマに乗ったのだ。でもそこからの記憶がさだかではない。
 そうなるとどこかで上着のポケットから落ちたのだろう。でもそれがどこだか見当がつかない。でもどこかに落としていたとしたらまずい。銀行の口座からのお金の出し入れから何から何までスマホにまかせているのだ。キャッシュレスの情報もある。

 私は不安でたまらなくなった。精神科の薬をのんでいるせいか、こんな具合にぼんやりとしたまま行動してしまうことがままある。そして記憶があやふやになる。
 あっと気付いた。クルマのエンジンを動かしたときにキュルキュルと変な音がするねといいドアを開けたのだ。そして近所の交差点で停まった時もドアを開けた。そのいづれかのときに落したのかもしれない。駐車場ならいいが交差点に落としていたらまずい。
 夫とその交差点までとって返し、そこにスマホが無いのを確かめてから自宅の駐車場に向かった。そしてうすいピンク色のそれが駐車場の地面に張り付いたようにして寝そべっているのを見つけた。

 地面におちている物体はまぎれもない私のスマホだったが、それはまるで行き倒れた何かのようにみえた。私はしばらくじっとそれを見つめた。取ってくるよと言いクルマを降りようとする夫を制止して、あのスマホに電話してみてと言った。
 行き倒れのようにみえたスマホのディスプレイがひかり、着信音が鳴るのが聞こえた。生きているとおもった。それは見つけてくれて助かったよというふうではなく、見つかってしまったことをバツが悪そうに感じているように聞こえた。
 落したのではなく、逃げ出したのかもしれない。私と夫はその様子を眺めて、スマホが立ち上がってバツが悪そうにしながらこちらに歩いてくるのを待った。エンジンはもうキュルキュルと鳴いていなかった。

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