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乳歯に捧げるレクイエム

先週の金曜日、ついに乳歯を抜いた。

30何年間、せっせと働き続けてきた乳歯。

右上の犬歯。笑うと良く見える場所。
秋口に虫歯になり、年末に内側が半分欠けた。
振り返れば満身創痍の壮絶な最期だった。

重い腰を上げようやく歯科を受診すると、医師は
『率直に言います。抜いた方が良いですよ。今日』
と言った。無慈悲にも。

”治療すれば、まだ一緒にいられるかもしれない”
そんな望みを握りしめていた私の心は簡単に折れそうになった。
『…ドキドキしますね』と濁すと、
『何か不都合がありますか?』と鋭い切り返しに遭った。

『いえ・・・不都合は、ないんです』しどろもどろ。
『怖いのですか?』とバッサリ。
ぐは!(心の吐血)
『はい、怖いだけです』完敗。

その後、サクサク麻酔。
すぐに右上の唇からの小鼻にかけての皮膚感覚はなくなった。
ペンチ様の器具でグギリ。
ググン!で終了である。

血だらけのガーゼをかみしめて、
トレーの上に横たわる乳歯を眺めた。
歯科衛生士さんが視線に気づき、言った。
『長い間・・・一緒でしたものね』なんと共感的な応答。
「はい、寂しいです」
ガーゼを噛み締めふがふが言いながら、乳歯に手を合わせた私。

『これはもう使えないので処理しておきますね』
抜けた歯をほかの何かに使う場合があるのかどうか。
気にはなったが、笑顔の歯科衛生士さんに
会釈を返すことしかその時の私にはできなかった。

こうして、私はついに、乳歯にサヨナラを果たした。
右上の唇と右頬の皮膚感覚はほどなくカムバックした。
それから1週間。
ぽっかり空いた歯茎が寂しい。
歯抜けフェイスはなんともチャーミング!
に見えなくもないけれど。
歯列矯正の相談には行ってみようとおもっている。

***

帰宅した夫は、私の変化に気づかなかった。
案外、このままの歯抜けフェイスでいける?
人は思っている以上に人の歯並びには無関心なのかもしれない。
このまま夫が気づくまで言わないでいよう。
これが世に言う【歯抜けチャレンジ】の始まりである。

そして1週間と数日たった。
職場で指摘されることはまだない。
こんなに毎日顔を合わせて笑いあっている夫が気づかない。
こりゃ、歯列矯正なしでもいいかな。
ちょっと新しい自分を受け入れ始めている私。
(かみ合わせ的にはきっとした方が良いに決まってるのだが)
歯抜けチャレンジは続く。

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