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旅行記 ヨーロッパ短期旅行 第三話 上

明くる朝起きるとからっとした快晴だった。私は着替えと身支度をすませると本や洋服の整理のためにガサガサとカバンをいじりはじめた。すると一人の東洋系の女性が部屋に入ってきた。どうやらこの部屋は男女共用だったらしい。挨拶がてら話しかけ、どこから来たのと聞くとChinaという答えが返ってきた。北京語で話しをするとより打ち解けることができ、色々と話してくれた。いまは会社を辞め一人でヨーロッパを旅行してるとのことだった。社会にでると旅行へ行く暇がないため長期旅行となると会社を辞めたタイミングとなるのは中国も同じなようだ。荷物をまとめるとその女性は別の目的地へと旅立っていた。私は昨夜頂いた名刺を頼りに角田さんの泊まるホテルへと向かった。ホテルは中央駅を抜けた所にあった。ホテルについたことを連絡し、しばらくすると角田さんがロビーに降りてきた。今日は土曜日で街中の店は休みなため中央駅の中のカフェテリアで朝食をとることにした。駅構内で適当な店を見つけたのでそこに決めることにした。メニューを見てからカウンターに注文しに行くと、大柄なオーストリア人女性が気だるそうに現れた。店員のやや無愛想な態度に角田さんも強めの英語でオーダーをしようとすると端から見ると若干喧嘩のような調子になってしまい、最後はオーストリア人女性がドイツ語で何かまくしたて、角田さんは小さく舌打ちをした。どんな内容で言い合いになったのかは私もよくわからなかったがそれほど大したことではないはずだ、事実私たちが注文したクロワッサンのサンドイッチとコーヒーには滞りなくありつくことができた。海外で戦いながら仕事をしているとどうしても強気でいかなければとついつい意気込んでしまい、それが普段の生活でもでてしまうことは誰しもあることだが、だからといって喧嘩をしていい訳でもなく、それが意味をなすことにも繋がらないのはよく考えれば分かることである。しかしどうにも処理できない感情がその時、角田さんにも大柄なオーストリア人女性にもあったのかもしれない。私は何も答えを見つけられず角田さんの駐在の仕事の話しを聞きながらサンドイッチをほおばった。外を見ると別の店の窓際の席で先ほどのオーストリア人女性の店員が休憩中なのか、まただるそうにタバコを吸いながら携帯を見つめていた。私と一瞬目が合い、愛想のいい笑顔を浮かべてくれた。
朝食が終わると、角田さんはもうハンガリーに帰らなければいけないため、自家用車が止めてある中央駅の地下駐車場に行くと言った。私も見送りたいと思い一緒に付いていくことにした。地下の駐車場はひんやりとして、冷たい間接照明のような灯りで照らされていた。駐車場には何か汚物を拭いたような紙屑がいくつか散らばっており異臭を放っていた。これはなんですかね、と私が呟くと角田さんは、どうせ移民がやったんでしょうオーストリア人がこんな事するわけないという無関心な声で答えが返ってきた。私はその時インドで出会ったある日本人を思いだした。初めてのインド旅行の洗練を受け、かなりやられていた時に当日宿泊していたホテルのロビーで話しかてきた初老の日本人女性のことである。その女性はインドに長年暮らしているという紹介の割には、全く小綺麗な格好をしており、あのインドの雑踏を全く感じさせない身なりの方だった。しかしインドの文化や事情には深く精通しており長年の生活の中でなければ得られない深い知見と鋭い洞察力を感じさせた。暫く話しをしていると女性の背後にある窓の外に物乞いの少年がまるで影のように現れた。少年は窓を力なく叩き私に訴えるような目線を送ってきた。その女性も物乞に気づくとシッとまるで虫でも追い払うような手の仕草と冷ややかな侮蔑のこもった表情と視線を送った。それは一瞬の出来事であった。物乞がそそくさといなくなるとまた元の上品な姿に戻っていた。外国人としてその国である程度の地位で働いてる者が現地の下層階級に属する人々を見下すことはよくあるように感じる。外国人という都合のいい地位に甘んじまるでバラモンのように振る舞っているのである。ウィーンの地下駐車場で私が感じたのはそのようなものである。本当に移民がやったのかもわからない、また多くの場合彼らが移民としてこなければいけないのは貧困のためであり、その原因は移民先の国が過去に行った苛烈な搾取と破壊である。確かに素行の悪い者もいるかもしれないが外国人の立場で軽はずみに発言できない領域である。角田さんは車に乗ると私にお別れの挨拶をし、あっという間に走り去って行った。お元気で!
私は暗い地下駐車場を1人で歩き地上へ出た。
さてようやくここから自分の旅である。目的地はおおよそは決めてあった。まずは駅から近いベルベデーレ宮殿へ向かうことにした。土曜日の人通りの少ないウィーンの町を道なりに歩いていると宮殿の門に着いた。ヴェルベデーレ宮殿はクリムトやエゴンシーレを初めとした絵画コレクションの常設展があり、それを目当てに私はやって来た。チケットを買い宮殿の敷地内に入るとよくと紺碧の空に浮かぶ白亜のファサードが目に入った。それほど大きな宮殿ではないがとても美しかった。庭の芝生は切り揃えられ所々に花が咲いており刈り込まれたイトスギに縁取れてい。私は渇ききった砂利道を歩きながら宮殿の入り口を目指した。とても気持ちのいい天気である、それ以外なにも言葉が浮かばなかった。
宮殿内部に入ると様々な美術品が展示されている。なぜかアインシュタインやマーラーの胸像まで置かれている。胸像がなかなか物珍しかったのか思わず写真におさめてしまった。絵画の展示室にも様々な作品があり、クリムト、エゴンシーレ、ムンクの作品などがあった。特にオーストリア出身のクリムトとエゴンシーレの展示は充実しており、美術本でしか見たことのないような名作が並べられている。クリムトの作品の多くは美しい金細工で飾りたてられ、さながら日本の琳派のように見える。しかし琳派と違いその金の煌めきは退廃的で描かれている人物もどこか謎めいており死の匂いを感じさせる作品が多く、見ているとこちらが吸い込まれしまいそうな魔力を持っている。一際、人々の視線を集めていた作品が接吻という作品であった。絵の構図としては2人の男女の接吻を描いている単純なものだが、抱きしめ合う2人のすぐ側には崖があり、2人の関係がなにかこの世ならぬものであるということを暗示させている。男女の衣服は例のごとく黄金に飾り立てられ、その輝きが強いだけに闇はより深く感じられた。他にもユディトという絵があった。旧約聖書外典に収められているユディト記に登場する女傑ユディトが敵のペルシャの大将ホロフェルネスの首級を掴んでいる様子を描いている。実はこの絵のレプリカが私の実家の玄関に飾られている。少年時代の私はその絵が怖くて嫌いだった。生気のないホロフェルネスの首と物憂げな表情をしたユディトの顔がとても怖かったのだ。しかし普段趣味が一致することのない父と母2人とも気に入っていたため外されることなく今もそのままである。ユディトの絵自体は小さな作品だがとても強い印象を私に与えた。それが幼い頃からの記憶によるのものなのか、絵の持っているパワーなのかはわからないが、日本から遥か遠いオーストリアで本物に会うことで何か心が晴れたような感覚を感じることができた。
エゴンシーレの作品は薄暗い色づかいと独特のタッチでクリムトとは違った暗い感情を投げかけてきた。数ある作品の中で特に目に焼き付いたのは死と乙女である。エゴンシーレの作品の中では有名な作品だが絵の構図はとても気持ちのいいものとは言えない。うら若き娘を死にかけた悪魔のような男が抱きしめているのである。男はまるで若い女性の生き血を吸う吸血鬼のように見える。女性の腕も極端に細くまるで生気を感じさせない。自分はこの絵に何を投影させればいいのかまるでわからなかったが、少なからぬ興味を抱いた。私の他にもこの絵に強い視線を送っている人が何人もいた。ただ東洋系の人々はほぼ素通りしていった。わざわざ遠くから来てそんな絵見たくないと思ってるのかもしれないし、少なくとも我々アジアの人々が思い描く西洋ではないからなのかもしれない。他にも作品見ながら周り、私はいくつかの作品を写真に収めヴェルベデーレ宮殿を後にした。
次の目的地はシェーンブルン宮殿とぼんやり決めていた。私は地下鉄に乗り、宮殿の最寄り駅へと向かった。駅から宮殿への道は観光客向けの露店があったり、物売りが歩いていたり、ゴミが落ちていたりで、とっちらかった印象を受けた。宮殿の入場券を手に入れるためチケットオフィスに行ったが、次に入場できるのはなんと2時間半後だと言われた。観光客が多いため建物の保護や混雑緩和のために人数と時間帯を制限しているのだろう。私はとりあえず2時間半後の入場券をもらい後に用意していた目的地へ向かうことにした。向かおうしているのはゼセッション館。美しき世紀末ウィーンの時代にウィーン分離派の展示場として建てられた建物で現在クリムトのベートーベンフリーズという巨大な作品の常設展示がされており、それを見るのが目的である。ゼセッション館までは地下鉄で数駅またいで最寄り駅まで着くことができた。暫く歩くと白い霊廟のような建物が見えてきて、それがゼセッション館であった。晴天の光を受けて白色に輝いていた。中に入ると金髪の紳士二人が入場の支払いをしていた。二人ともクラシックなサングラスをし、1人はサックスブルーのシャツ、もう1人はホワイトのシャツをそれぞれ着ていた。シャツは気持ちよくアイロンが当てられており、なんともいえない優美さを醸し出していた。きれいな所作でカード支払いを済ますと2人は地下へと階段を降りていった。私も受付けと支払いを済ますとクリムトは地下だと係員に案内された。前の金髪紳士と同じように地下へ通じる階段を降りと少し広目の部屋にでると、その中に1つ出入口があり、そこをくぐり別の部屋にでるとクリムトの壁画に迫力をもって迎えられた。無数の裸体の女性や大きな怪物が部屋の壁四方に描かれており、独特な雰囲気に包まれていた。怪物の側に描かれた赤毛の女性は挑発するような目付きでこちらを見ている。感情のない女性や太って脂肪が垂れ下がった女性など、様々な容姿や表情の女性が描かれており、何かを表しているようだった。ただ絵画と違い画が非常に大きく、自分は見るのが精一杯であまり深い考察をすることができなかった。ただやはり他の作品と同じく死や人間の営みに対して何か一貫したテーマはあるのではないかと感じることはできた。しかしそれより先のことは考えることはできず、このゼセッション館を後にすることにした。

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