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合わない職場での意外な収穫

カルチャーマッチしない職場でたいへんな思いをしたので異文化研究の本を読んで目からウロコ、な話を先日書いてみました。

そのことを考えていて、ふと気づいたのは、でも合わないなりに私としては忍耐して働いていた中で収穫があったじゃない!?ってことです。

”金融・大手・日系の三拍子と同じくらい苦手で避けたい”と経験から思うのは省庁系組織です。通算4年経験しました、1年は派遣で、続いて別の組織で契約職員として3年弱。

「空気って重さがあるんだ?」を実地体験した職場でしたが、なんとそこの同僚たちとは辞めた後もつながっています。ちょっと前にコロナ明け初めて、5年ぶりくらいに会ってお食事して楽しい時を持ちました。出向者や非正規の立場で「それぞれ辛いよね」という共感・連帯感が根底にあったのかどうかわかりませんが、考えてみれば、最も合わなかったと感じる職場で良い友人に恵まれたのって、すごい収穫、イエス様の恵みだと思います。

またここの職場では、海外のプロジェクトをサポートする仕事が与えられたので、しんどい空気の中でも、チーム(私は非正規、他全員出向者の構成)で協力して海外からの研修生の受け入れや、先方への講師派遣と現地での研修の実施をやり遂げるという貴重な経験もしました。

最近では、金融・大手・日系三拍子の苦手な職場に半年ほど勤務しましたが(派遣契約なので比較的短期な勤務もアリ)そこでも良い友人に恵まれて、辞めた後も頻繁に会ったりしています。

さらに先日驚いたのは「ゆうこさんは、いろんな職場を経験されているからすぐに馴染んですごいよね~、と他の人と話していた」と今の職場で言われたことです…。

「え?」と心の中の目が点に(笑)。本人としては馴染んでる感はないので。ただ、さすがに重ねてきた年齢とそれなりの場数を踏んでいるので(!)、そしてなんといってもイエス様の”隣人を愛しなさい、一番大切なのは愛です”の教えがあるので、誰に対してもできるだけニュートラルに穏やかに接するように心がけてはいます。それに、なんといっても職場だし。
使い分けているというと語弊がありますが、職場での私は”地”ではないとは思います…。地を知ったら同僚のみなさんは驚くかも?(笑)。

だから、本人としては馴染んでると思えてなくても、傍から見るとOKな印象なのかもしれません。その認識が与えられたのは、私にとってはここで働いてきた収穫のひとつです。

旧約聖書のイザヤ書55章9節には
天が地よりも高いように、
わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、
わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。

とあります。

今までの仕事人生を振り返ってみると(仕事に限ったことではありませんが)、私はクリスチャンになって14年目ですが、それ以前から私の人生はイエス様の手の中にあって導かれていたと感じます。それは、いつも良い事ばかりだったというわけではなくてむしろ真逆ですが、私が悪い選択をし続けた中で、どん底まで行った時でさえも、そこで止めてそれ以上落ちないように支えていてくださっていたという意味です。

ちなみに、悪い選択を続けられたのは、放任主義ではなくてイエス様は人の自由を尊重されるお方だからです。

そして合わない辛いと感じる職場においても、良い仕事の経験をさせてくださったり、長く付き合える仲間に出会わせてくださったり、祝福してくださっていたということです。そして、辛い中には私への訓練ももちろんありました(主は愛する子を鍛えられるとも聖書に書いてあるので! 私なんぞはほぼその連続…!!!)。

転職して新しい職場に入ると、もちろんそれまでと異なることがいろいろあります。それが普通で当然のことですから。

自分の期待とか想像と違うこともたくさんあるでしょうが、そこは「神の思いは私より高い」のかな? と受け止めて乗り越えていくと、神があなたのために備えてくださっている祝福や収穫が見えてくるのでは、と思います。…と最後は自戒を込めて。




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