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こんなつながりかたもあるよ!

エドカフェ No.2 「つなぐ・つながる」の木村泰子さん(映画「みんなの学校」の校長先生)のお話をまとめてみた

子ども同士、大人同士、子どもと大人・・・対話を通してつながることで安心して学べる学校にする。

でもそれだけじゃない。こんなつなぎ方もある。

缶コーヒーの彼の話 

〜経験をつないで強く生きる〜

これは悪しき過去の体験を、未来の自分につないだ高校生のお話。

ある日、木村泰子さんが訪ねた高校で、授業の後訪ねてきた男子生徒が言った。

「先生、僕、夜寝るとき夜中に目が開くんです。目が開いているだけなのに勝手に涙が出てくるんです。どうしたらいいですか?」

「う〜ん???、それは私には答えられない。自分でどう思う?なんか思っていることあると思うから教えて。」

そのお話を要約すると・・・
彼は小中学校へ行けなかった。みんなと違った。ぐずぐずしていた。除け者にされた。家にいると家の人が心配する。でも学校へ行っても教室も保健室もどこにも行けない。校長室へ行ったら「ここにいていいよ」と言われて校長室に通うようになった。でも年度が変わって校長が変わったら「ここは君のいる場所じゃないよ。わがままはいけない。みんなと教室で勉強しなさい!」と言われ、また行けなくなった。そのまま中学も行けなかった。家から一歩出たら地域の人から「あの子は学校へ行ってない。みんながんばっているのに、」という目で見られているようで外へ出るのがつらかった。
 
高校へ行ったら地域から出ることができた。どこで誰に会っても「おまえはおまえでいい」と言われている気がした。「自分ががんばらなくてもここにいていいんだ。」と思えるようになって、今すごく学校に来るのが毎日楽しい。なのに・・・

「夜中に涙が出る。どうしたら出なくなるんでしょう?」と彼は言う。

木村先生は言った。
「いい経験したね。社会へ出たらまわりの人といっぱいつながれるよ。その力を小学校中学校の苦しい経験を通して高校という場で得ることができた。過去の経験を未来へつないだ。」

「涙なんてほっとき!私みたいに年寄りになったら、目から涙出ることなんていくらでもあるよ。ドライアイって言うねん!」

彼はにこっと笑って出て行った。そしてシュッと戻ってきて、缶コーヒーを買ってきてくれた。

「のどが乾いたでしょ?これぼくのおごりです!」

「自分の<過去><今>をすべてプラス思考で<未来>へつなげるって学びの目的やんな!」

「・・・って、今話していて初めてストン!と胸におちた!」

「これが対話の魅力!」



「こんなにやっているのに心を開いてくれなかった・・・」こんな愚痴が出ることもある。

これは100対0で子どもが悪者になってしまっている。

でも、とんでもない子が入ってくるたび、まわりの子はその前と確実に変わっていった。そのたびに大人も学び直した。


暴れん坊と学校を地域の人がつないでくれた話


ある日大空小に大人を全く信用しない転校生が来た。

「先生がおれに何ができる?」
「おれは大人なんか信用しない!」

そう言って、彼は物を投げたり、外へ飛び出したり、大暴れ!

サポーター(保護者のことをこう呼ぶ)たちと今日はこれをやろう!と何かイベントを控えて学校が潤っている場面でも、

「ぶっ壊してやる!」

っていう子だった。

サポーターたちの前でやってくれたらサポーターたちにこの子のこと知ってもらえる。と考えてそのままさらけ出していた。


こんなこともあった。
彼が暴れまくって教室のものを破壊し始めた。誰も止めなかった。「怪我しそうな時だけは飛び込もう」と言いながら順番に見守った。そのうち壊す物がなくなると、彼は床にベタんと座り込んで動かなくなった。

しばらくして彼は呆然とした顔で校長室にきた。

「ねえ、どうしたらいい?」
「何が?」
「時計も水槽も全部壊した」
「あ〜もとにもどしたらいいよ」

もどそうとした彼はまた校長室に来て言った。

「もどそうとしたけど、なにひとつもとにもどせへん」
「そやろ?こんどからやめとき。自分しんどいだけやろ?」

彼は初めて素直に「うん」と言った。


学校は信用しないけど、地域のおばちゃんとなら話せる。という関係ができてきていたある日、地域の人からこんな声が届いたこともあった。

その子は家に帰るとかならずリュックをしょって遊びに出る。
「なんで?」と聞くと、
「家帰れなかったら家出しなきゃだから、いつでも家出できる準備してる。」

「何入ってる?」と聞くと中身を見せてくれたと言う。そして・・・

リュックを開けたら1番上に学校でもらったバースデーカード(校長からのメッセージ入り)が出てきた。そして、「これ、おれの宝物」と言った。

学校では校長に、「おまえなんか信用できるか?」「むこう行け!」「死ね!」「消えろ!」と言っている子が・・・


どんなスーパーティーチャーがいても、学校だけじゃ子どもは育てられない。評価をにぎっている学校やご飯食べさせてくれる家みたいに、利害関係のない地域の人とつながれたら・・・

地域の方の話を聞いて、その子を「変えてやらなきゃ」「指導しなきゃ」と言っている大人が、こんなこともわかっていなかったと気づいた。「自分変えなきゃな」ってみんなで思った。


大事なことは何?


「教師は間違っちゃいけない」「教師は正解を言わなきゃいけない」っていう鎧を着てませんか?

「暴れる子にはこうすればいいんですよ」「ADHDの子にはこうすれば集中して勉強できますよ」そんなマニュアルにしばられて、その正解にそって動こうとする。

それができない教師がはずれていく。

こんな大人の世界も同じようなスパイラル。

「嘘教えるな」「すき与えるな」「毅然としろ」 
それじゃ教育は、「主体的 対話的 深い学び」と掲げていながら、「先生のいうことを聞く子をつくる」ことや「テストの点数をあげる」ことにしかつながっていかない。

「教育委員会の指示守れ!」「右向けって言ったら右!右向いてるか?」「行政の人間だろ!」と言われても、

「右向いたらこの子は困らなくなる?」「いやそうしたらこの子学校こなくなる」と思ったら、右向かなかったらいい。誰にも怒られない。それがパブリックの公務員。

迷ったら子どもの事実をみる。


子どもの事実につながることならなんでもできる。右向けと言われたら右向かなきゃという雰囲気を変えていくのがエドカフェのような対話。

「よし!」と思っても学校へ戻るとできない・・・苦しくなる・・・でもこれは子どももいっしょ。

右向くことが目的じゃない。

やっぱり対話が大事!


困った子が私に言えなくても、学校の誰かに言えればいい。

これがチーム学校!



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