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山の修理屋⑧

《山の中へ》

 頂上は色々な電波が届きそうな気もして、ポケットに入れたコロン5号を取り出し、スイッチを入れてみた。
 脚が出て、羽が広がり、羽の先のプロペラが回りだし、前方が光った。手のひらに置いてみた。何も起きず、スイッチを切ろうとした瞬間、急に空中に浮きあがった。

 頂上の足場はあったものの、高台の景色から落ちる恐怖もあり、空中で静止したコロン5号を捕まえようとしたが、遠近感が取れずに手が宙を舞った。
 この小型ドローンは逃げていくわけでもなく、少し手前を静止していた。小型のプロペラからは小気味いい音を出しており、こうした景色を楽しむ生き物のように思えた。

 私は何度か捕まえようとしたが、それは私を誘導するかの如く、左手側の山道を下って行き、それがスーさんに誘導されているのではないかと疑った。この小型機自身にそうした自律的な機能があるとは思えなかった。

 山道を下りきると、小さな田園が広がり、5号は右手に回り、丁度工場から見える山の裏手に誘導し、山と田んぼの間のあぜ道を進んでいった。ときどき凹んだところに足をとらわれながら用水路の水門と思しき場所まで来た。

***

 5号はその水門の錆びたハンドルの上に停まり、プロペラの音が静まった。私は改めて四方を見渡し誰もいないことを確かめ、5号に、ここに何かあるの?と聞いてみた。

 用水路は、真新しいコンクリートで囲われており、透明な水が流れていた。丁度そこは用水路が交差しており、山に直角に向かう水路と山に平行に走る水路が交わったところで、水嵩を制御するような機械があった。
 山に直角に進む水路の真後ろは、山に向かう水路になっており、そこは比較的高台に向かう水路で、底には水が流れていなかった。雨が降ったら山水が流れるような仕組みなのだろうか。

 5号はしばしハンドルの上で静止した後、山に向かう用水路に沿って進みだした。用水路の途中に下に降りる梯子があり、そこから用水路の底を踏みしめながら5号の後を追っていった。
 山に近づくと、用水路脇の藪のせいで足元は暗くなり、水路は山の中に続いていた。コロン5号はライトを灯してゆっくりと進んでおり、私はその明かりを頼りに歩いた。

 中から私の名前を呼ぶ声がした。それは少し癖のあるスーさんの声で、斉藤さんですよねー、と聞こえていた。
 洞窟の奥で家族でキャンプでもしているのだろうか。山岡さんですかー。
・・・はい、こちらに来てくださいー。

 声は用水路の先からではなく、側壁で目隠しになっていた真横からで、そこには高さ1.5メートル、幅0.8メートルほどの通路があった。入るには勇気が必要だった。奥から明かりが射していたので、向こう側にいるのだなと、こちらですかー? ・・・そうですー、と声を頼りにかがんで進んでいった。周囲は新しいコンクリートの匂いがしており、湾曲しながら山の中心に向かって20メートルほど進むと、視界が開けて明るいがらんどうの部屋にたどり着いた。

***

 そこは、広い踊り場のようになっており、待合室のようなテーブルセットが置かれていた。明かりは山が透明になったかの如く天井から差し込んでおり、正面に進む狭い廊下と、左右から上り下りするような螺旋階段が左右に広がっており、踊り場の壁にあるモニターから、ようこそ山岡研究所へ、というスーさんの声がした。

 モニターに向かって、私はどうすればいいのですかぁと聞くと、真ん中の廊下からエレベーターで四階まで来てください、そこにいますので、とのこと。
 狭い通路から狭いエレベーターに乗り、この信じがたい施設は何かの実験場にも思えていた。スーパーカミオカンデの地下に広がる広大な空間映像を思い出した。
 四階に着いてエレベーターの扉が開くと、そこには馴染みのあるスーさんの機械室のような部屋があり、あの大学院生二人がニヤニヤして立っていた。私は思わず、お久しぶりですと挨拶し、どこからこの施設のことを聞こうかと彼らの様子を伺った。

***

 能弁のひとりが斉藤さんお久しぶりです。コロン5号を持って行ったようでしたので、こちらにお招きした次第です、と始まり、私は思わず言い訳を考えた。
 彼の話では、ここは以前から開発していた空間で、施設の目的は核シェルターということだった。円錐状の構造なので、フロアごとに部屋数は減り、一階から7-5-3-1戸で、計16世帯が避難でき、地下は蓄電池や貯水場や食糧庫になっており、この部屋が全体の制御センターになっているということ、金属の引出しは内側から引っ張ることでこの空間を強化しつつ、この施設に必要な資材や部品置き場となっているとのこと。そして、山岡さんの親父さんとおふくろさんは災害の折に一旦ここにいたものの、住みづらいということで、おふくろさんの田舎の方に引っ越したとのことだった。

 私は未来の世界に入り込んだような気もしていたが、学生の核シェルターの世界市場の話を聞いているうちに、だいぶ遅れている日本では、大学が先頭になって実験的設備を整えているという話に納得していった。
 ここは山岡電機研究所の資産をつぎ込みつつ、大学の支援もあったようだった。それもあって、学生二人はスーさん宅に出入りしており、立方体のどでかい機械はこの施設の空間構造の物理的な変化や放射線量をセンチ四方毎に計る計測器ということだった。

【山の修理屋】
山の修理屋①《修理屋との出会い》
山の修理屋②《山の引出し》
山の修理屋③《修理屋の息子》
山の修理屋④《山の部品管理》
山の修理屋⑤《嵐の日》
山の修理屋⑥《不在の家》
山の修理屋⑦《山への誘導》
山の修理屋⑧《山の中へ》 ←今ここ
山の修理屋⑨《いつもの暮らしへ》

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