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やりたい事の見て見ぬ振りする事を辞めるだけ/未来予定小説

「3ヶ月後の3月末、会社辞めさせてください」

そう上司に伝えた日は怒涛の様に忙しい年末、20時頃の上司が帰ろうとしていた時だった。
少しお時間良いですか、と伝え会議室で二人きりになった途端、私は椅子を目の前に立ちながら伝えていた。

「え」
豆鉄砲を喰らった様な顔をした上司は、息をする事を忘れたかの様に時が止まっている。

「この会社を辞めさせてください」
追い討ちをかけるかの様に再度、先ほどよりも強い口調で伝える。
上司は、まぁ一旦座って…と言いながらも、落ち着くのは俺だな、と焦っている様子が続いた。



やりたい事の見て見ぬ振りする事を辞めるだけ



「この会社に何か不満があるのか?」

お互いに深く腰をかけ深く息を吸った後、そう尋ねられ、私は内心そうじゃ無いんだよ、と間髪入れずに言えそうだったが控えた。

普段は蛇として摘まんでいる威圧的な上司でさえも、今の私にとってはまるで赤子の様で、穏やかな目で見れる。
これが私の本気だなと実感しながら、ゆっくりと話す。

「何度もESアンケートがあり、私はその度に不満は無いと書いています。
私の中では本当に不満や文句はありません」

元々ハッキリした口調だが、今日はさらにハッキリとした口調で話す。

そう…だよな、言ってた事無いよな、と頷いている。
私が辞める事を考えていたなんて、上司にとっては青天の霹靂だったんだなと思えた。

「陰口を言い合う様な小さな先輩が多いなぁと思った事はありますが、別にそれが原因ではありません」
少しマスクの下で苦笑いをしながら伝えた。

「じゃあ、何で?君はまだ入社して1年も経っていない。
これからだし、いつも楽しそうに仕事をしているから向いていると思っていた。
勿体無いと思うぞ」

その後も、上司から見た私像を伝えられては何故かと尋ねられ、未来像を伝えられている時は、そこまで期待して下さっていたのかと嬉しい気持ちになりながらも、右から左へ流れた。


「ありがとうございます。でも、すみません。
確かに、この業界、職種は私に向いていると自負しています。
でも、違うんです。私は…」

そう、私はこの業界が好きで、働けるこそ幸せで楽しくて。
本当に良くしていただいたと振り返れば振り返る程、喉まで出かけている言葉を飲み込んだ。

大きく息を吸い、蛇から蛙に変わっていく上司の目を見て、今だけは私が蛇なんだなと読み取れた。


「本当に私都合なんです。
昔からのやりたい事を叶える為に辞める道を選びました」

上司は何も発さず、ただ私の目を見てじっとしている。
年俸制と言えど早く帰れるところを引き止めたのだから、早く結末を伝えてあげるべきと思いながらも、言葉がなかなか出てこない。


「東京で勤めたいと昔から思っていました。
何故かと尋ねられても難しいですが、30歳までにはと思っています」

「それなら辞める必要は無いだろう。
うちには東京支社もあるし、今は確かに異動が少ないが…、でも可能性としてはあるから、辞める必要は無いだろう?」

その可能性を待つより、私は動きたい。
それを伝える事は出来るが控えた。
私はもう辞める事を辞めるつもりは無い。


「私は向いている仕事より、やりたい仕事を…。
やりたい事の見て見ぬ振りする事を辞めようと思い、覚悟を持って話しています」

あと5分以内にはこの部屋から出れるかなと客観的に自分を見た。
一発で納得させることの出来そうな着地点を探しながら言葉を探す。

「次の仕事は今の様に正社員ではありません。
それを良いと思わない人は多いと思いますが、自分自身で、やりたい事ならそれでも良いと思えるんです」


そう伝えた後、上司は一言「そうか」と溢し、脳に酸素を入れるかの様に大きな息をした。


上司は詳しくは聞いてこなかった。

興味が無いのか、私の決意が堅いと分かったのか、それとも先ほどの未来像が崩れ落ちたのか分からないが
とりあえず明日も仕事よろしくなと伝えられた。





チョコレートに牛乳



さーて、未来予定を妄想にしない為に…


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