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8月4日のタイムは見ていたのは絵なのに、まったく関係のなさそうな連想ゲームを妄想しちゃった🤣

おはようございます☁️タイムです😊本州の方は大雨が降ったり、殺人的な暑さだったりとなかなか大変そうで、7月に引き続き、曇りか雨で最高気温が20℃前後を過ごしている道東民としては、その暑さをください🙏🏻と本気で思う🤔皆様、心と体をどうぞご自愛ください😊

昨日、朝に宣言していた通り

竹久夢二と小林かいち展に行ってきた😆人も多くはなく、ゆっくりゆっくり見られたのだが、タイムは根本的なミスに気づく😳

竹久夢二と夢野久作がごっちゃになってたわ🤣

わからないでもないが😅気になったので、2人を調べてみたら、明治時代に生まれて昭和初期に亡くなっている。竹久夢二は50歳、夢野久作は47歳の時のことだ。

今の私だと、夢野さんより一個上、竹久さんより二個下なんだな🤔

しかも、展覧会では竹久夢二は念願の海外渡航を果たし、絵画を販売したが売れずに失意の内に帰国。最後の渡欧先で病気になり、それが原因で亡くなったと書かれていた。

と言うことは、海外に行く前に絵画というジャンルでそれなりの地位があったのね😳

おぉー💡めっちゃスゴい😆私とほぼ変わらない歳でもうすでに何かを成し得ているなんて。竹久夢二さんと言えば

こんな感じの絵が有名だけど、展覧会では

こんなのもあって、夢野久作さんのドグラマグラとごっちゃになって、大混乱している私の頭を尚、混乱させた🤣

だけど、実際に絵を見ると空気がとても柔らかい😊

私は美術館で作品を見る時、必ずどこかで手をフリフリして笑 その雰囲気をつかもうとするんだけど、竹久夢二さんの作品はなんか暖かかった🍀

彼はたくさん愛されて、愛した人だったんだなー😊

叶うことのなかった晩年の夢は美術村を作ることだったと言う、竹久さん。人を愛し、絵を愛し、自分も愛して50歳の人生を終えることができたんだろうなあと感じた。

でも、今の私の頭の中は小林多喜二が新たに出現🤣

竹久夢二、夢野久作、小林多喜二。なんとなくわかるような、わからないような😅

だけど、小林多喜二さんもまた、明治に生まれ、昭和初期に亡くなられた人であった😳

このぐらいの時代って、今と似ているような気もする。

きっと、すごいエネルギーの中で一気に駆け抜けて行ったであろう御三方。私も今、歴史の転換期にいる自覚はあるものの、毎日、天気とにらめっこしながら多肉植物を愛で、書きたいことをつらつらと書き、えぐり放題えぐって笑 他愛もない日々を過ごしている。

この3人にも穏やかな時間はあったに違いない。

成し得たことにスポットライトは当たるけど、誰かを愛し、愛され、幸せだなーと感じる時間が短いと思われる生涯の中にギュッと濃縮されていて欲しいと強く思う🤔

私は今の幸せをどう綴っていくんだろう✨

この3人が没した年齢を考えると、まったく他人事ではないぐらい近かったり、とっくの間に過ぎていたりするけれど、私は何かを成し得なくても、こうやって元気に生きていることを日々、書いていこう。それだけで相当、幸せ者だと思う木曜日の朝☁️

FOMARE『愛する人』(Live from FOMARE presents「当たり前だった毎日がただ恋しいだけなんだ」at 高崎club FLEEZ)

冒頭のMCから心を鷲掴み😆

歴史の転換期にいる今の私たち。同じく転換期の中を走り抜けていった偉人の方々。

当たり前だった毎日がただ恋しいだけなんだ。

きっと、この言葉に深くうなずく人はたくさんいるだろう。こんな世の中だからこそ、当たり前と思えることを大事にしていきたいし、言葉に残していきたい✨

竹久夢二の展覧会の話をしていたはずなんだが🤣

きっと、夢野久作さんも、小林多喜二さんも出てきたかったんだよ😆

なんか、グルグルしてるけど笑 書いていてめっちゃ楽しかった💕みんな、タイムを支えてくれてありがとう✨

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