わたしの「なりたいわたし」
わたしとパートナーは10数年前に出会った。
初めて会ったときのパートナーは、職場の新人。初めて挨拶したとき「小柄な人だな」と思った。なぜか、そのときのことはよく覚えている。
コミュケーションの多い職場だったので、それから、しばらくして仲良くなった。わたしたちは、帰るタイミングがよく重なることもあって、勤務後によく話すようになった。
コンビニ前のベンチで、わたしたちは、とにかくたくさん話した。ふたりとも深掘りするのが好きで、話す内容はだいたい「なぜこうなるのか?」「どんな要因でこれは起こるのか?」とかだった。お互いにハマっていることを長々と話すことも。長いときは、朝まで話すこともあった。
そのうち、お互いの家へ行って話したり、ネットラジオを一緒にやるようになっていった。そして、ある日、わたしはパートナーに告白された。
パートナーは、わたしのことを好きになったのだ。
わたしはこのときのことを覚えていない。それもそのはず、パートナーによると「うちは全然、好きじゃないなー。無いわー」と軽い感じで振ったらしい。
わたしが覚えているのは、「本当に全然、この人のことが好きじゃない」ということ。
ただ、友人としては楽しく過ごせるし、これからも仲良くしていきたいと思っていた。しかし、恋人に対する好きという感情は持てなかった。その兆しさえ、自分の中に感じなかったのだ。
その後も何度か告白されるのだが、わたしはその全てに「ないわー」と言ったそうだ。もちろん、覚えていない。
そうこうしているうちに、わたしは結婚することになった。相手はパートナーではなく、別の人である。
結婚を機に、わたしは働く時間帯を変えた。そのため、パートナーとは会わなくなった。それから、しばらくして退職したので接点が無くなり、全く会うことがなくなった。
そのとき、パートナーはこう思ったと後に話してくれた。「もう二度と会えないんだ」と。
新しい生活はそんなに上手くいかなかった。
わたしの結婚した相手は、保守的な家庭で育ち、わたしとは家族観が異なる人で、よく分からないことが多かったのだ。
例えば、「妻であるわたしには、必ず家にいてほしい」という要望。わたしは言われた通りにした。しかし、どうしてそうして欲しいのかは理解できなかった。
また、「毎日、違うメニューのごはんを用意してほしい」という要望も、食に興味のないわたしには、どうしてか分からないことだった。
家にいて、友人にも会わず、家事だけやって過ごす日々。YouTubeとゲームだけがわたしの娯楽だった。一緒にいるときに楽しいこともあったが、嫌なこともたくさんあった。
ここに書けないこともいろいろあって、結婚してから2年で、わたしから「離婚したい」と言った。
離婚する少し前から、わたしは少しずつ、また友人と連絡をとるようになった。それまでは、連絡さえしていなかったのだ。そして、その中に今のパートナーがいた。
ある日の電話中。パートナーに「少しだけ働けるバイトを探している」と話した。すると、パートナーはこう言った。「今、働いているところがちょうどアルバイトを探している」と。そして、わたしたちは、また同僚になった。
職場で会えなくても、電話したりして、また話すことが増えていった。しばらく一切、連絡してなかったのに、前と同じように楽しく話せた。すごいことだ。
離婚してから、わたしはひとり暮らしに戻った。引っ越しを手伝ってくれたのはパートナーだ。
ひとり暮らしのために働き始めたわたし。しかし、頑張り過ぎて、家のことは後回しにしていた。
部屋の隅にゴミ袋を重ねて、料理はせず、掃除も適当。そんな部屋にパートナーはわざわざ電車で来て、片付けをしてくれるようになった。
それから、数ヶ月が経ったある日。
わたしはお出掛けから帰ってきたところだった。本当に楽しい時間を友人たちと過ごせたので上機嫌だった。しかし、カチッとスイッチをつけた瞬間、わたしは最悪な気分になった。
部屋の隅に隠れていく二匹のゴキブリが見えたのだ。
わたしは本当に虫が駄目で、この世の何より駄目だと言うくらい苦手で、嫌いで、生理的に無理だ。字面を見るだけで、少し嫌な気持ちになる。
どうしよう、無理だ。家にいられない。
わたしはスマホを取り出し、耳に当てる。咄嗟に、パートナーへのLINE通話ボタンを押していた。
「もしもし、どうしよう」
自分が取り乱しているのは分かっていたが、今はそれどころではない。
そんなわたしを落ち着かせつつ、パートナーは「とりあえず、今夜はうちに泊まりな。明日、駆除しに行ってあげるから」と言ってくれた。
わたしはそのまま部屋を出て、電車に乗った。
待ち合わせ場所に着くと、すでにパートナーがいて、泊まるのに必要なものをコンビニで買おうと提案してくれた。
それから、パートナーの部屋へお邪魔して、布団を並べて寝た。本当に良かったという気持ちでいっぱいになる。
あのまま、誰にも助けを求められなかったら、どうしていただろうか。ホテルが、漫画喫茶か。どこかに、とりあえず避難していたかもしれない。でも、その後をひとりでどうにかはできないだろうな。そういうことを考えた。
翌日。パートナーの提案通り、駆除剤を買って、わたしの部屋へ行くということになった。帰る途中に何件か寄れるドラッグストアがあるので、とりあえず行ってみることに。
ふたりで電車に乗る。窓から見える景色が変わっていく。
「一緒に暮らす気ない?」
そう、わたしが言った。言った後に、自分が言った内容に気づいた。それに驚いていると、「いいよ」と返事がきた。更に驚いてしまった。
しかし、自分の発言を訂正するでもなく、パートナーの返事を拒むでもなく、驚きながらも「ああ、一緒に暮らすんだ」と思った。
パートナーのことを好きになるのは、同棲してから。「好きかもしれない」と思い始めてからは早かった。
そんなわたしたちの生活は、来月で3年になる。
朝起きるとパートナーがいることに「いてくれて良かった」と思うし、寝る前は「必ずまた明日、会おう」という気持ちになる。
わたしたちは、今でもたくさん話す。あの頃と、そこは変わらないかもしれない。
今では一緒に食事をし、買い物をし、手を繋いで歩く。2年前からパートナーに向けたメッセージをノートに書きためたりもしている。手紙のノートバージョンみたいなものだ。
10数年前、わたしは本当にこの人がパートナーになるなんて、微塵も思わなかった。自分が好きになる可能性があることを考えもしなかった。けれど、パートナーは待っていてくれたのだ。10年以上もの間。
この話をすると、パートナーは「ただ、忘れられなかっただけだよ」と言う。もう、わたしもパートナーのことを忘れられないだろう。
しかし、こんな話を忘れてしまうくらいの時間をパートナーと過ごしたい。これからもパートナーのことを好きでいたい。大切にしたい。
わたしの「なりたいわたし」
それは、これからもパートナーと生きていくわたし。
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