【三題噺】やっぱり、そばがいい
MAGNET MACROLINKで開催されていた、第23回「三題噺」短編コンテスト投稿作品。
https://www.magnet-novels.com/novels/63483
お題:「ギャル」「蕎麦」「秋葉原」
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「うーん……」
「どったの、ゆーりん? 便秘?」
五限と六限の間の休み時間。
放課後を前に騒つく教室の自分の席でスマホ片手にブツブツ言っていた私に、目の前に立っていたちえりがとんでもない言葉を投げてきた。
隣の男子の視線に気付き、私は慌ててスマホを突き出す。
「ちゃうわっ! これっ!」
『目が悪いクセに意地でも眼鏡もコンタクトもしない女』こと「犬養ちえり」は、机に手をついて腰を折るとがっつりギャルメイクの顔をスマホに近づけてきた。
一緒に近づいてくるムダにでかいおっぱいにイラッとして目を逸らすと、眉を寄せて画面を見ていたちえりが、
「なーんだ。また”のうきん”と痴話喧嘩かよ」
と興味なさそうに言うと、眉間にできていたシワを派手なネイルの指先でコシコシとほぐしはじめた。
いい加減コンタクトにすればいいのにと思うのだが、本人は「目の中にモノ入れるとか罰ゲームじゃん」と断固拒否の姿勢である。ちなみに家では眼鏡をかけているそうだが、それは「惚れたオトコにしか見せない最終兵器」らしい。
「だから、ヒトの彼氏を”のうきん”とか言わないでよ」
私は文句を言いつつ、再び画面を自分に向ける。
そこに出ているのは、チャットアプリの画面。やり取りしているのは、”のうきん”こと、彼氏である「能見錦之介」だ。
「錦之介のヤツ、また週末のデート延期とか言うんだもん」
「きんのすけ」とは古風な名前だけど、実際由緒正しいお家らしく家は剣道の道場をやっている。本人も小さいころから剣道一筋、こないだのナントカ大会でも優勝していた。
身長は180センチ近い細マッチョ、黒髪短髪、凛々しい顔つきのイケメンで──、三年生になった始業式の日から、私の自慢の彼氏でもある。
私はというと、普通のサラリーマン家庭で育った何の変哲もない女子高生。だと思う。
ちえりと仲が良いのを不思議がられるくらい、メイクもしなけりゃ髪も染めてない。ご飯も「パスタより蕎麦!」な和食派で、ちえりにはよく「おばあちゃんw」とバカにされている。
自慢できるとしたら、錦之介が告白の時に褒めてくれた、この艶々ロングの黒髪くらい。錦之介と並んでみると、自分でも「うちら、結構お似合いじゃない?」と思えるほどには、きちんと手入れをしている。
――のだが、なぜかそのお似合いで自慢の彼氏に、ここしばらく立て続けにデートを断られているのだ。
「ユーリ!」
そんなことを考えていると、剣道で鍛えられたよく通る声で私を呼びながら当の錦之介が教室に姿を見せる。
「あれ。こっち来るなんて、珍しいじゃん?」
「あぁ、うん」
笑顔で迎える私に、錦之介はどうにも歯切れが悪いが、やがて意を決したように口を開いた。
「今日の放課後なんだが。すまん、クレープ屋には同行できなくなった」
「はっ? マジで? 約束してたじゃん!」
「すまない」
綺麗に背筋の伸びた、お手本のようなお辞儀で謝られてしまうと、こちらもそれ以上は何も言えない。
と、授業開始を告げるチャイムが鳴り、「この埋め合わせは必ず」と言い残して先生と入れ替わりに錦之介が自分の教室へと戻っていく。
「……やっぱ、おかしいし!」
そう吠える私を、授業にきたおじいちゃん先生が怪訝な顔で見ていた。
そして、放課後――。
私はお目当てのクレープ屋がある原宿ではなく、なぜか秋葉原にいた。
行きかう人の群れもなんというか人種からして原宿や渋谷とは違うような気がして、まるで外国に来たような気分になる。
彼らからすれば、私のほうが異邦人なのかもしれないけど。
「と、見失っちゃう!」
そんな感傷に浸っている間に、錦之介の形の整った後頭部が人波の向こうへと遠ざかっていく。
私は置いて行かれないように、その後頭部を小走りで追いかけた。
そう、私は錦之介の後を追い、ここにいる。
通いなれた道なのか、錦之介は迷うそぶりも見せず大股でスタスタと歩いていき、大通りを抜けて路地に入ると、その後も何度か角を曲がる。
やがて、いわゆる「オタクの街」だった周囲の様子が下町の雰囲気へと変わり、居酒屋やいかがわしい看板がチラホラと目に入るようになってくる。
「……まさか、ね」
駅に着いたときは、「まさかオタク趣味がっ!?」などと疑ってもみたが、ここら辺にあるのは、夜のお店ばかり。
「えっちな店、とかじゃぁないよね。あはは……は?」
自分の想像に苦笑しつつ、錦之介が消えた角を曲がったところで、私は凍り付く。
今まさに錦之介が入ろうとしているビル。その外壁に掲げられた看板には、蕎麦屋さんやパーツショップなどと並んで、いかにもピンクなお店の名前が!
「ちょ、あんのヤロ……あわっ?!」
「おっとと」
思わず後を追ってそのビルに飛び込んだところで、誰かにぶつかりコケそうになった私の手を掴んで支えてくれたのは、
「……あれ、ユーリ?」
他でもない、錦之介本人だった。
「こんなところで、何してるんだ?」
「はぁっ!? それは、こっちのセリフだっつーの!」
錦之介のキョトンとした顔に無性に腹が立った私は、思わず大きな声で叫んでしまう。
「急にヘンな態度取るし、ドタキャンするし、気になってついてきてみたらアキバとか来るし、オマケにこんな、や、ヤラシイ店に入ろうとしてるし!」
「まてまてまてまて!」
止まらなくなった私に向けて、錦之介は両手を広げてどうどうとなだめる。
「ユーリは、とんでもなく誤解をしている。俺が用があったのは……」
「おい、坊主。ひとの店の前で、痴話喧嘩してんじゃねぇよ」
私が落ち着くのを見て錦之介が話し始めたところで、その背中越しに男の人の声が飛んできた。
驚いて錦之介の横から声のした方を覗くと、和食の料理人みたいな白い服を着た渋めのイケオジが呆れ顔でコチラを見ていた。
「……だれ?」
今度は私がキョトン顔になったが、何故かイケオジに促されて錦之介とともに一階にあるお蕎麦屋さんへと連れていかれる。
店の中であったかいお茶を出されて一息ついたところで、錦之介が説明してくれたところによるとこのイケオジはこのお蕎麦屋さんの店主で、「厳児」さんというらしい。叔父さんにあたる巌児さんが営むこの「巌蕎麦」こそ、錦之介がここしばらく私を放ったらかして、足繁く通っていた場所だった。
その理由はというと、
「蕎麦打ちぃっ?!」
コックリと錦之介が頷く。
「厳児さんに、教わっていたんだ」
「な、なんでまた……?」
「……お嬢ちゃんのためだとよ」
もごもごと口ごもる錦之介を横目に、巌児さんが助け船を出す。
「流行りの店に連れてったら『パスタより蕎麦が好き』つったんだって? そしたらそこの坊主、俺の蕎麦が一番美味いとか泣けることぬかすもんでよ」
巌児さんは、照れくさそうにしている錦之介を優しい目で見ながら続ける。
「冗談で『麺の打ち方を教えてやろうか?』つったら、本当に毎日通ってきやがって。いい迷惑だぜこっちは」
そう言いつつもどこか嬉しそうな巌児さんは、私の方を見てにやりと口元を歪めた。
「まぁ、昨日なんとか形にはなったからよ。こいつが打った蕎麦、食べてくか?」
「ちょ、巌……」
「食べます!」
食い気味に答えた私を困ったように見ていた錦之介だったが、やがて観念したのか厨房に入ると、慣れた手つきでエプロンを締めて、テキパキと準備を始める。
そうして出てきた太さも長さも不揃いなそのお蕎麦は、今まで食べた中で一番優しい味で、
「おかわりっ!」
私は、3回もおかわりしてしまったのだった。
「うーん……むむむ」
「どったの、ゆーりん? 便秘?」
五限と六限の間の休み時間。
放課後を前にして騒つく教室の中、自分の席でスマホを手にブツブツ言ってた私に向けて、いつの間にやら机の前に立っていたちえりがとんでもない言葉を投げかけてきた。
隣に座ってた男子生徒がギョッとした顔でこっちを見たのに気付き、私は顔が熱くなるのを感じながら慌ててスマホを突き出す。
「ちゃうわっ! これっ!」
めちゃめちゃ目が悪いクセに「意地でもコンタクトも眼鏡もつけない女」こと「犬養ちえり」は、私の机に両手をつい腰を折ると、今日もバシバシにギャルメイクを決めた顔をスマホに近づけてきた。
たゆんたゆんと近づいてくるムダにでっかいおっぱいになんだかイラッとして目を逸らすと、眉を寄せながらスマホの画面を見ていたちえりが、
「なーんだ。まーた”のうきん”と痴話喧嘩か」
と、興味を失ったように顔を上げるところだった。
ちえりはそのまま腰をクイッと伸ばすと、眉間にできていたシワを派手なネイルの指先でコシコシとほぐしはじめる。
そんなに目が悪いならコンタクトにすればいいのにと思うのだが、本人は「目の中にモノ入れるとか意味わかんない」と断固拒否の姿勢である。
ちなみに家では眼鏡をかけているそうだが、「惚れたオトコにしか見せない」最終兵器らしい。なんじゃそりゃ。
とは言え、一緒のお風呂に入ったこともある親友ポジの私ですら、まだちえりの眼鏡っ娘バージョンは見たことないくらいなので、その徹底っぷりはたいしたものである。
「だからぁ、ヒトの彼氏のこと”のうきん”って言うなってば、もぅ」
私はスマホの画面を自分に向け直すと、再びそれを睨みつける。
そこには、チャットアプリの画面が表示されている。やり取りしているのは、ちえり曰く”のうきん”こと、私の彼氏である「能見錦之介」だ。
「だって、きんのすけのヤツがまた週末のデート、キャンセルとか言うんだもん」
「きんのすけ」とは、またおじいちゃんみたいな古めかしい名前だけど、実際由緒正しいお家らしく、家は剣道の道場をやっている。
本人も小さいころからやっていて、高校でも部活一筋、こないだのナントカって大会でも優勝していた。
身長も180センチ近い細マッチョで、黒髪短髪、凛々しい顔つきのイケメンで──、三年になった始業式の日から、私の自慢の彼氏だ。
一方の私はというと、なんの変哲もないサラリーマン家庭で育った、至極普通の女子高生。だと思う。
ちえりと仲良しなのを不思議がられるくらい、特にメイクもしてないし髪も染めてない。ご飯の好みも、「パスタより蕎麦!」みたいに和食好きなので、ちえりにはよく「おばあちゃんみてえw」とバカにされる。
唯一、艶々ロングでストレートな黒髪が、自慢と言えば自慢かもしれない。
錦之介が告白してくれたときもこの髪を褒めてくれたのがすごく嬉しかったし、隣に立ってみたら自分でも「あれ、結構お似合いじゃない?」と思ったくらいには。
なのだが──なぜかここしばらく、そのお似合いで自慢の彼氏に立て続けにデートをキャンセルされているのだった。
ちなみに、クラス替え初日にちえりが苗字と名前の頭をとって”のうきん”と呼び始めたことから、すっかりそのうれしくないあだ名が浸透してしまっている。
……あれ? よく考えなくても、ちえりのせいじゃね?
だんだんムカついてきた私がちえりに文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、
「ユーリ!」
剣道で鍛えられたよく通る声で私の名前を呼びながら、当の錦之介が教室に姿を見せた。
「あれ、きんのすけ。会いに来てくれるなんて珍しいじゃん?」
「あぁ、うん。そうだな」
笑顔で迎える私に、錦之介は歯切れ悪くそう言うと、しばし黙り込む。
やがてグッと拳を握りしめて、意を決したように口を開いた。
「今日の放課後なんだが。すまん、クレープ屋には同行できなくなった」
「えーっ!! マジで言ってんの? 約束してたじゃーん!」
「すまないっ」
体育会系らしく綺麗に背筋が伸びた、ピシッと音がしそうなくらいのお辞儀で謝られてしまうと、こちらもそれ以上何も言えなくなってしまう。
その後すぐに授業開始を告げるチャイムが鳴り、錦之介は「この埋め合わせは、今度必ず」と言い残し、自分の教室へと戻っていた。
残された私はというと、
「……やっぱヘン! なんかおかしい!」
とひとり憤慨していたせいで、錦之介と入れ替わりに入ってきた先生に思いっきり怪訝な顔をされてしまう。
おかげでその後の授業で一番に当てられてしまい、ほんとに踏んだり蹴ったりな気分だった。
そして、放課後――。
私は、お目当てのクレープ屋がある原宿ではなく、何故だか秋葉原にいた。
理由はシンプルで、つけてきたのだ。錦之介を。
「……なんで、秋葉原?」
自分の行動範囲にはない駅に降りたせいか、なんだか心細い。駅前を行きかう人の群れも、なんというか人種からして原宿や渋谷とは違うような気がして、まるで外国に来たような気分になる。
この町からしてみれば、私のほうが異邦人なのかもしれないけど。
「と、ヤバッ。見失っちゃう!」
そんな感傷に浸ってる間に、錦之介の形の整った後頭部が人波の向こうへと遠ざかっていく。
私は慌ててその後頭部を目指して、小走りで追いかけて行った。
通いなれた道なのか、錦之介は迷うそぶりを見せず、いつも通り大股でスタスタと歩いていく。大通りを抜け路地に入ると、何度か角を曲がる。
すでに自分の現在位置が分からなくなっている私は、ここで錦之介を見失うと帰れなくなるかもしれないという恐怖心もあり、必死についていった。
やがて、いわゆる「オタクの街」だった周囲の街並みが雑然とした下町の雰囲気になり、居酒屋や夜のお店みたいな看板もチラホラと目に入るようになってくる。
「どこにいくんだろ……まさか、ね」
駅に着いたときは、「あの錦之介にオタク趣味がっ!?」などと疑ってもみたが、そういった店には興味を見せる素振りもなかったので、どうやら違うっぽい。
となると、まさかとは思うけど。
「えっちな店とか、じゃぁない、よね。あはは……は?」
自分の想像に苦笑しつつ、錦之介が消えた角を曲がったところで、私は凍り付いた。
錦之介が入っていったビル。その外壁に掲げられた看板には、蕎麦屋さんやパーツショップなどと並んで、いかにもピンクなお店の名前が見える。
「ちょ、マジかあのヤロ……あわわっ?!」
「おっと、危ない!!」
思わず駆け出して、後を追おうとそのビルの入り口に飛び込んだところで、目の前にいたひとにぶつかり、コケそうになる。
その私の手を掴んで引き留めてくれたのは、
「……あれ、ユーリ?」
「えっ、きんのすけ!?」
他でもない、錦之介本人だった。
「こんなところで、何してるんだ?」
「はぁっ!? 『何してる?』は、こっちのセリフだっつーの!」
錦之介のキョトンとした顔に無性に腹が立った私は、思わず大きな声で叫んでしまう。
「アンタが急にヘンな態度取るし、ドタキャンするし、気になってついてきてみたらアキバとか来るし、オマケになんか、こんな、や、ヤラシイ店に入ろうとしてるし……っ!」
「まてまてまてまて!」
喋り出したら止まらなくなった私に向けて、錦之介は両手を広げて、どうどうとなだめてきた。
私ゃウマか! とも思ったが、テンパってたのが少しは落ち着く。
「ユーリは、とんでもなく誤解をしている。俺が用があったのは」
「おい、錦之介。ひとの店の前で、痴話喧嘩してんじゃねぇぞコラ」
私が落ち着くのを見て、錦之介が話し始めたところで、その背中越しに男の人の声が飛んできた。
慌ててヒョイっと錦之介を避けて声のした方を覗くと、和食の料理人みたいな白い服を着た、渋めのイケオジが呆れ顔でコチラを見ていた。
「……だれ?」
今度は私がキョトン顔になったところで、イケオジに促されてビルの一階に入っているお蕎麦屋さんへと入る。
あったかいお茶を出されて一息ついたところで錦之介が説明してくれたところによると、このイケオジは「厳児」さんというらしい。
叔父さんにあたるひとで、この「厳蕎麦」の店主とのこと。そしてこの店こそが、錦之介がここしばらく足繁く通っていた場所だった。
その理由はというと、
「蕎麦打ちぃっ?!」
コックリと錦之介が頷く。
「厳児さんに、教わっていたんだ」
「な、なんでまた……?」
「……お嬢ちゃんのためだとよ」
もごもごと口ごもる錦之介をちらりと見た巌児さんが、やれやれといった感じで助け船を出してくれた。
「おんなのこが好きそうな店に連れてったら、『パスタより蕎麦が好き』つったんだって? そしたらそこの坊主、俺の蕎麦が一番美味いとか泣けることぬかすもんでよ」
初めて見る子供のような表情で照れくさそうにしている錦之介を優しい目つきで見ながら、巌児さんが続ける。
「冗談で『麺の打ち方を教えてやろうか?』つったら、そっから毎日通ってきやがって。いい迷惑だぜこっちは」
そう言いつつもどこか嬉しそうな巌児さんだったが、私の方を見るとにやりと口元を歪めた。
「まぁ、昨日なんとか形にはなったからよ。よかったら、こいつが打った麺食べてってくれや」
「ちょ、巌……」
「食べます!」
食い気味に答えた私と巌児さんをしばらく困ったように見比べていた錦之介だったが、やがて観念したように厨房に入ると、慣れた手つきでエプロンを締めて、テキパキと準備を始める。
そうして出てきた太さも長さも不揃いなそのお蕎麦は、今まで食べた中で一番”優しい”味がして、
「おかわりっ!」
私は、気付けば3回もおかわりしてしまっていたのだった。
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