見出し画像

自分語りpart1

65歳になりました。
前期高齢者と呼ばれる年齢まで生きられたことに、まずは感謝したいと思います。
年金をいただける身分になったことも、保険料を納めてくださる現役世代の皆様のおかげです。
自分ひとりで何でもやってきたようなつもりでおりましたけれど、どれだけの人に支えられ、国に守られ、ここまで生きてこられたのだろうかと、省みる必要を感じております。

65歳になる直前から、新しいことを学び始めました。
若い方も多いけれど、会社経営をされている方や自営で日本を良くしていきたいという志を持つ方々と一緒に学ぶことは、この先の自分の人生にとって、生涯現役であろうとするモチベーションアップにもつながると感じています。

生涯現役ということは、まず担保しなければならないのは健康です。
自分で歩き、決断し、行動するためには、心身の健康が必須です。
若い頃から運動は得意でしたけれど、それがすなわち健康かというと、全然そんなことはなくて、体力を過信した暴飲暴食、不眠不休、遊び過ぎ、働き過ぎのような生活を長いことしておりました。
お金はあっても刹那な享楽に費やしてしまい、その頃の自分は決して「さいわい」ではなかったと思います。

40歳を過ぎた頃、子宮頸がんの検査に引っ掛かり、再検査の結果を受けて、レーザー切除の手術を受けました。
まだ娘が小さかったので、今私がどうにかなってはならないと、ある祈りの集会に手術までの3週間ほど参加しました。自分のがんが消えるようにとの、非常に自己中心的な祈りではありましたけれど、そのせいかどうか、病理検査では切除した部位にがん細胞は見つからず、執刀医はバツが悪そうにしていました。
なるほど、祈りというのは相応の効果があるのかもしれないと、最初に思った出来事です。
祈りの集会には、ゲンキンなものでそれ以降参加はしておりません。

それからも身体や精神的に無理は続きますが、少しずつ暮らしをシンプルに、丁寧にしたいという思いを抱き始めます。
捨てる技術や整理収納、おばあちゃんの知恵袋、イギリス式、ドイツ式のシンプルな暮らしを綴った本を手当たり次第に読んで、自分がどんな暮らしをしたいのか、彷徨った40代から50代でした。

父が借金を残して、しかも母の預金もすっかり使い果たして亡くなったのが、私が手術を受けて2年後の2000年のことです。
実家や持っていた別荘などもすべて処分したことが、私の最初の断捨離でした。
まだ断捨離という言葉は世間には知られていなくて、単に処分とか、捨てるという意識ではありましたが、モノの堆積が家を病ませ、そこに住む人を病ませることを実感しました。
さらには、母に対する背徳を言葉に出せずに亡くなった父は、直腸がんでしたので、出すことができない苦しさが、自分の病となるのだということも実感として知りました。

それからも私の日々は、徒に過ぎて行きます。
ディズニーランドに行ってもファストパスを取って、その次にあれに乗って、また次のファストパスを取ったらこれを食べて、というふうに予定をこなすだけで、果たして楽しめていたのだろうかと疑問です。
映画を観ていても、頭の中は他のことを考えていて、ストーリーに没頭できていなかったように思います。
読書に集中できなくなったのは、まさにそれが原因です。
ページに書かれている文字の行間に、日々の雑多な思考が紛れ込んできて、まるで集中できなくなってきていました。
夜を徹して読書に没頭して、気がついたら朝になっていたなんてことが、若い頃は普通にあったのに、私の集中力はどこに行ってしまったのだろうと嘆くこともしばしば。
それもこれも、やるべきことが多過ぎたからだと、今ならわかります。

人生のステージにおいては、仕事を持って、結婚をして、子育てをしている時、さらには親の介護が入ってきた頃がやるべきことの量がピークになるかと思います。
その期間に、自分のための時間を優先させることは、却ってストレスになると思うのです。

キャリアか家庭かを選択する場面で、どちらを選ぶのも個人の自由です。
私の場合は、家庭を選びました。
私でなくても大丈夫な仕事は、私じゃない人がやればいいけれど、私の子どもの母親は私しかいないのだと、すんなり思えたからです。
さらに、子どもが小学校にあがって少し余裕ができたので、もう一度職場にパートタイムのCAとして復帰しました。
その時には、私自身のスキルが、求められている水準に達していないことを私自身が痛感したので、やはりあっさりと辞めることができました。
せっかく訓練していただいたのに、3ヶ月で辞めてしまって申し訳なかったと反省しております。
けれど、一度戻ったことで、自分の気力とか体力が、現役を続けてきた人には敵わないのだと体感できたことは良かったのだと思っています。

長くなりましたので、今日の自分語りはこの辺で。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
この後、毒母を経て断捨離に出会います。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?