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森絵都『アーモンド入りチョコレートのワルツ』について

 ピアノ曲というものは、古い曲であっても、演奏されるたびに新鮮に受け止められる。
その一回性と永遠性を「思春期」というもののかけがえのなさと普遍性に結びつけた物語集をおすすめしたい。
 「アーモンド入りチョコレートのワルツ」は、三つの短編が収録されたこの本の三つめの物語のタイトルである。と同時に、エリック・サティ作曲〈童話音楽の献立表メニュー〉に入っているピアノ曲のタイトルでもある。
 三つの短編に共通していること、それは中学生が主人公であること。そしてテーマ曲のように、背後に静かにピアノ曲が流れていることだ。
一つめの物語「子供は眠る」では、海辺の別荘でのひと夏を過ごす少年たちの心の揺れと成長を、ロベルト・シューマン〈子供の情景〉をレコードで聴く夜の「儀式」を核に描いている。少年たちの小さな対立と和解。二度と同じ夏は巡ってこないという気づきが切ない。
 二つめの物語「彼女のアリア」で、中学卒業を前に不眠症に悩む少年に、旧校舎の元音楽室で出会った風変わりな少女が弾いて聴かせるのがJ・S・バッハ〈ゴルドベルグ変奏曲〉。恋とも呼べないくらいの幼くほのかな想いの繊細さに胸が締め付けられる。
 三つめの物語はピアノ教室が舞台で、浮世離れしたピアノ講師とその友人(恋人?)であり、もっと浮世離れしたフランス人男性との交流を通じて救われていく少女たちが演奏する曲が、「アーモンド入りチョコレートのワルツ」なのだ。楽しいことばかりではない人生を「わたしは、アーモンド入りチョコレートのように生きていけるだろうか?」と主人公は最後に自問する。
 思春期まっただ中の人も、思春期を通り過ぎてだいぶ経った人も、ほろ苦くも甘い、上質なチョコレートを食べるような読書体験を味わえることうけあいだ。

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