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うたかたの人生だから、やりたいことをやる

人生はうたかた。
近頃、頭にそう浮かぶものだから、
メモしておこうとパソコンを打って、驚いた。

”うたかた”と打ったら、”泡沫”と出るのだ。
波打ち際のシュワシュワ、、、とした泡のように
できてはすぐに消えてしまう、
”うたかた”とはそういう意味だったのだ。

私はどうやら勘違いしていた。
『はかなくて消えやすい』
それが”泡沫(うたかた)”の意味だというのに
私はどういうわけか、随分脚色をして解釈していた。


『はかなげだけど軽やかな、
まるで夢を見ているかのような、、、』

私は”うたかた”を、だいぶ美化して
情緒深いものとイメージしていたのだ。

つまり、私の頭に浮かんだ
『人生はうたかた』というフレーズは、

『人生はあっという間に
消えるものではあっても、
消えるまでの間に軽やかで夢見るような
楽しさを味わうもの』
そう思い浮かべていたのだった。

だから、生きている間、
『心地よいかどうか』がすごく重要であって
堪え忍んだり、怒っていたり、
悲しんでいたりする時間を
なるべく減らしたほうがいいなと
そう考えていたのだ。




転職を諦めた女性がいて、
その理由は、親が許してくれないのだと
彼女は話していた。
「高い学費を出してやったのに」と
言われるそう。

親御さんの気持ち、よくわかる。
学費って大学にしても専門学校にしても、
本当に高い。
よほど裕福な人は別として、
大抵は学費を全て払い終えた時に
ドッと肩の力が抜けるのを感じるものだろう。

それに娘さんの転職がうまくいくのかと
先々を心配するのも、親だからこそ。


ただ、人の気持ちや考えは変わっていく、
そういうものなのだとも思う。
あの時はああ思ったけど、今はこう思う、
そう気持ちが移り変わるのは、
不自然なことではないのだ。

それに、やってみて初めてわかる、
そういうことも多い。
思った通り、という場合ばかりじゃなくて
その逆だってよくあること。

生きていると、人との出会いもある。
さまざまなヒントを受け取るうちに
別の考え方が生まれて
別の生き方をしてみたくなる、
そういうことだってある。


あっという間に
”うたかた”に過ぎていく時の流れを、
軽やかで夢見るように楽しむ、
それが人生だとするならば

その時に感じたことを
横へと追いやることなく
どうにかいろんな折り合いをつけながら

やりたいこと、会いたい人、行きたい場所、
できうる限りそちらへと
意識を向けていく方がいい。

気持ちを隠したり押し込めたりして
我慢し続けるか、
わずかずつでも、行きたい方へと歩き始めるか。

後で。いつか。そのうちに。
それを待ってくれるほどには
”泡沫(うたかた)”は長くはない。

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