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【映画レビュー】生きるLIVING

これより素晴らしい映画って作れるのだろうか?と思えるような最高峰の作品だった。リメイク作品の元ネタを見ずに語るのは迂闊かもしれないが、満点の星5.0評価できる作品だと感じた。

黒澤明監督が巨匠である事についてはもちろん存じ上げているが、作品は『七人の侍』しか見た事ない。ハタチぐらいの頃で、若くて全く映画に詳しくない、作品の表面しかわからない私みたいなヤツでもすごい!と思える印象深い作品だった。『生きる』が黒澤作品である事も知っているが、内容は全く知らない。だからこのイギリスのリメイク版がどのくらい黒澤版を踏襲しているのかも知らない。

この作品が本当に素晴らしいと思ったのが、映画の3分の1ほど経過した頃に、主人公が酒場で故郷の歌を歌う場面だった。私はその時、主人公の人生を思って号泣したのだ。映画を見始めてほんの30分ほどで、老齢の主人公がどのような人生を送り、今どのような状況であるかをちゃんと表現して、その主人公に心を寄せて号泣してしまうような場面があるのだ。それってものすごくテクニカルな事だと思う。でも、そういう計算や緻密さを全く感じさせず、ただ目の前の場面に感動してしまった。

その前半の30分ほどは、実は主人公の人生を描く事に集中している訳ではない。主人公が課長を務める市役所の市民課に初めて登庁する若者の1日を追う事で、市役所がどのような場所なのかを知る。そしてそんな場所に長年勤めてきた主人公という形で職場での主人公を理解し、帰宅後の短い会話から家族との関係などを理解する。平凡で退屈な日常を描いているのに、その平凡で退屈すぎる日常が異質に感じてしまうというか、なんとなく不思議で全く退屈じゃない。それほど多くを語っている訳ではない主人公の人となりを理解できて、彼を思って号泣できるだけのところまで、映画の終盤ではなく3分の1ほどの時間で到達するのだ。

主人公はそこから少しずつ変化する。日常から外れて、自分の人生を見つけていく。彼の変化のきっかけも、その変化が生んだものも、それによる周囲の変化も、時間軸を移動しながら実に巧に描かれているのだけど、その巧さには後から気付くばかりで、映画を見ている間は熱中している。
最後にその老齢の主人公から最初の初登庁の若者にスポットが移っていっても、最初にきちんとその若者を描いているので不自然さがないのも実に上手い。

脚本をカズオ・イシグロが書いていると後で知って驚いた。そんな著名な小説家が映画の脚本を書く事があるんだなと。カズオ・イシグロも名前は知っているけど未読なので、がせん彼の小説に興味が沸いた。それくらい、この映画は素晴らしかった。
もちろん、黒澤明監督の『生きる』もぜひ見てみたい。これより素晴らしい映画って作れるのだろうかと思った今作以上に素晴らしいかもしれない作品なのだから。

『生きる LIVING』 5.0

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