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【短編】大凶の神

ノベプラからの転載です。「冬の5題マラソン」参加作品。

「あ、どうも。大凶の神です」
「はあ、どうも……」

 あまりに当然のように出てきたものだから、私はふぬけたみたいな反応しかできなかった。
 そして私の手には、「大凶」と書かれたおみくじが、一枚。

 どうしてこんなことになっているかというと、話は三十分ほど前に遡る。
 一月二日、既に元日も過ぎ去ったが、この二日、三日を狙った参拝客も意外に多い。私は混雑を嫌って、有名どころの神社を避けて近所の神社へと向かってしまう。それにしたって近所の神社も複数あるので、普段はあまり行かない道へとふらつくと、あまり見た事のない神社にたどり着いたのである。
 これで他の参拝客がいないのであれば格好もつくが、意外にちらほらと客もいる。
 参拝を済ませて今年の運でも試してみるかとおみくじを引いたところ、……目の前の事態になったのだ。

「大凶、引きましたよね」

 目の前で浮いている神を名乗る何かは、私を見て言った。
 姿形は三十センチほどで、神主のような格好をしているが、体は真っ白で、顔はのっぺらぼうだし、手も足も絵で描いたように丸い。前から見ているとジンジャークッキーを思わせる。

「他に神はいるんですか」
「他には大吉の神がいます」

 そっちが良かったと多少思った。

「うおおーっ! 本当ですか! 大吉の神ですか!」

 思った瞬間、向こうで叫んでいる男がいた。

「じゃ、じゃあ、七億円当たりますか!」
「当たります」

 やられた。

 そういうわけで私は大凶の紙と一緒に、大凶の神を連れ帰る事になってしまった。
 マンションに帰って荷物を置くと、テーブルの上できょろきょろとしている大凶の神が視界に入った。

「あの、うち、神棚とか神様を迎えるところとか無いんですけど」
「大丈夫です。私はあなたについているので」
「そうですか……」

 ……会話が続かない。

「……御神酒飲みます?」
「飲みます。ありがとうございます」

 即断即決はいっそ気持ちの良いくらいだった。
 そして飲みっぷりもあまりに気持ちのいいものだったので、なんだか意気投合してしまった。
 そうして私はしばらく一緒に大凶の神と過ごす事になった。何か悪いことが起きるのではないかとハラハラしたが、三日もすれば慣れてしまった。たまに御神酒という名の缶ビールで乾杯し、一緒にテレビを見て、パソコンを繋いで怪獣映画を見て、カラオケに行って歌った。大凶の神は演歌ばかり歌っていた。
 すっかり大凶の神との共同生活にも慣れてきた頃。

 私は大凶の神を連れて、街をぶらついていた。
 ここ数年単位で街の再開発が行われていて、古いビルは解体され新しい建物に生まれ変わっている途中だった。すごいですねえ、と大凶の神は工事中のでかい建物を見ながら感心していた。何ができるんでしょうねえ、と私も答える。クレーンで形鋼がつり上げられていく。
 そのとき、キキーッというものすごい音が聞こえて、ハンドルを切り損ねたトラックがこっちに向かってきた。

「わーっ!?」

 私の体はどんと押され、向かってきたトラックを間一髪で回避した。
 トラックは建築中の現場に突撃し、その勢いで揺れたクレーンから形鋼がバランスを崩した。ぶちっとワイヤーが切れ、落下してくる。キャーッと悲鳴があがった。私の真上に落ちてくる。
 大凶の神が、さっと突然上に舞い上がった。
 形鋼は、落ちてこなかった。いつまでたっても落ちてこないので、周囲の人々も見守るように上を見上げている。
 宙に浮いていた。
 その下では、ぷるぷると震えながら大凶の神が一生懸命に支えていた。

 幸い、死人は出なかった。
 ぶつかったトラックの運転手も無事だったし、建築現場にいた人々も逃げて無事だった。あまりの事に、通行人のおじいさんがギックリ腰になって病院に運ばれていったくらいだ。直接の被害者が病院に行かずに、通行人を驚かせることになってしまった。騒ぎは回避できたが、私たちは近所のカフェに入ってようやく落ち着く事ができた。

「あんな死のピタゴラスイッチが起きるとは思いませんでした」

 大凶の神はテーブルに座り、足を投げ出して言った。
 私にコーヒー、大凶の神にコーラが運ばれてくる。

「私は大凶の神ですからね」
「でも、助けてくれたじゃないですか」
「神様なんですから、悪い事が起きそうな人を助けるのは当然のことです。それこそ死んでしまうような出来事から全力でお守りします」
「……」

 私は少しその意味を考えていた。
 そうか。
 大凶の神というのは、死んでしまうような出来事から助けてくれる存在だったのか。
 少し思い違いをしていたようだ。

「あなたとは楽しい時間を過ごさせてもらっているので、助けられて良かったです」
「そうですか。それは良かった」

 となると、ちょっと疑問が湧いてくる。

「……えっ、じゃあ大吉の神っていうのは逆になんなんですか?」
「大吉の神です」
「それはわかります。具体的にどういうことをしてくれるんですか」
「良い事を起こします。それはもう、全力でです。その人の願いを全力で叶えるために、今後の良い事が起きる可能性をすべてかき集めてでも、良い事を起こすんです。足りなければ、悪い事を相殺するための運を引っ張ってきてでも起こします」
「えっ、怖……」

 つまり、いまのように危機一髪で回避できた事も出来なくなるんじゃないか。

「でも、代わりに一年間とても幸せですよ」
「スリリングだなあ」

 その人の運によっては、人生のすべての運を使い果たしてしまうんじゃなかろうか。
 いや、今後何が起きるかなんて誰にもわからないけれど。
 いったいどっちが、スリリングな年になるのだろう。

「それではこれから一年、よろしくお願いします」
「えっ、一年?」
「はい。私はこの一年の運勢の神様なので。これからも十分にお助けできるよう、大凶の神はついています!」
「……よろしくお願いします」

 私はコーラを一生懸命飲もうとしている大凶の神に、頭を下げていた。

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