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『僕と私の殺人日記』 その11

※ホラー系です。
※欝・死などの表現が含まれます。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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火曜日


学校から帰ったわたしは、さっそく標的を探すことにした。夏が近づいていて、外はまだ明るい。麓から田植え機の音がこだましていた。味気ない茶色い田んぼに緑の苗が植えられていく姿は、暗い夜空にお星さまが輝いていくようだった。

田んぼにはおとうさんがいた。田植え機に乗って、畔に沿ってきれいに苗を植えていた。 今日は仕事を休んでいるようだ。おとうさんは田植えと稲刈りの時だけ会社を休んで、お米を作るのだ。

「おとうさん! 順調?」

「ああ、いい感じだ!」

手を上げておとうさんが答える。機械の音が大きくて、叫ばないと声が聞こえない。くねくね曲がった畔を器用に植えている。 遊びに行くことをおとうさんに伝えて、村に行った。

村の集落は家と家との間が離れて いて、家の中で歌を歌っても近所迷惑にならない。 こののどかな村がわたしは好きだった。

わたしたちがこの村に越してきたのは、つい最近のことだ。二年ほど前に、家族四人でやってきた。都会の仕事が嫌になったおとうさんが、田舎で暮らしたいと言ったからだ。 今は近くの工場で働きながら、田んぼ作りに精を出している。

前の学校で友だちがいなかったわたしには、ちょうどよかった。大人しい子ばかりで張り合いがなかったし、男子とはよくケンカしていた。だけど、ここに来たおかげでユイカちゃんと友だちになれた。とてもうれしかった。

集落は二十人ちょっとしか人が住んでいない、小さな村だった。おとうさんが言うには過疎化が進んでいうらしい。頭の悪い私にはよくわからなかったが、要するに人が少なくなることだそうだ。

ただ、昔はもっといたらしい。大きな事件があって、たくさんの人が死んだようなのだ。 お年寄りも、子供も、一人の男の人が殺していったと聞いたことがある。確か五年ほど前の話だ。今はもう、その男の人は自殺してすでに死んでいる。

「ユイカちゃんたちに見つからないようにしないと」

村に着き、近くに立っていた木造の家の隅に隠れる。わたしはまわりの目に注意して、 獲物を見定める。 前の事件のせいで警戒されるかもしれない。

ユイカちゃんたちは村の生き残りだ。学校の生徒が異様に少ないのも、男の人に殺されたからだ。その男は、一人で学校に出向いて子供たちを殺していったという。

しばらく経って、住人らしきおばあさんが家に入って行った。腰が曲がっていて、足元 がおぼつかない。 殺すのにちょうどいい。

わたしは窓から家の中を覗いた。おばあさんはごはんを炊く準備をしていた。お米をすくって器に入れている。 ほかに人はいなかった。玄関が閉まっていたので、音を立てないようにゆっくり開ける。 扉は引き戸で、開けるたびにガラガラと音が立ち、肝を冷やした。 おばあさんは流し台でお米を研いでいた。昔ながらの台所で、かまどでご飯を炊くようだ。足場は床ではなく、地面だった。土足で入っても問題なさそうだった。

静かに近寄る。抜き足差し足で、慎重に進んだ。おばあさんは気づいていない。あと一歩まで来た。丸くなった小さな背中がすぐそこにある。 わたしは勢いよくナイフを突き出した。銀色に光る刃がおばあさんの背中に刺さる……

瞬間、わたしは反対の手で突き出した手を押さえた。ナイフの鍔が背中の一センチ手前で止まっている。

大変なことにわたしは気がついた。ナイフの鍔から先がない。

このサバイバルナイフは折り畳み式だ。普段は危ないので折り畳んでいた。初めての殺人でわたしは緊張していたらしい。刃を出すのを忘れていたのだ。肝心の刃は柄の中に納まっている。これでは人を殺せない。 すぐそばにおばあさんの背中がある。急いで刃を取り出せば・・・。

「あらま、びっくり! どうしたの?」

もたもたしている間に気づかれてしまった。わたしの心臓の鼓動が早まる。こんなしょうもないミスで、せっかくのチャンスを逃してしまうなんて。わたしは本当にバカだ。何 とか誤魔化さないと・・・。

「えっと、その・・・」

うまい言い訳が思いつかない。動揺してわたしは後ずさりする。一歩、足を下ろしたその時、わたしは覚えのある感覚にとらわれた。心だけが頭の隅に投げ出されたように遠ざかって行く。

「迷子になっちゃって・・・」

「あらあら、そうなの。お名前は?」

「リナ・・・」

「リナちゃんね。おうちがわからないのね?」

「うん・・・」

わたしの口が勝手に動く。
これは間違いない。ユウくんと入れ替わったのだ。 次は迷子と来たか。この前の時と言い、ユウくんは頭がいいみたいだ。同じ脳みそとは思えない。わたしは感心した。

「おうちの番号、わかる? おかあさんに電話してあげる」

「わからない。でも神社から家までならわかる」 「あら、しょうがないわねえ。おばあちゃん、腰が悪いから遠くまで歩けないの。おじいさんが帰ってくるまで待っててね。送ってもらうように頼んであげるから」

「ありがとうございます・・・」

すごいすごい!

誤魔化せた上に、おかあさんにばれないようにしてくれている。
また、借りができちゃったな。やっと返せたと思ったのに。 ここまでしてもらったのだ。しっかり殺人を成功させよう。

わたしは胸に誓った。


続く…


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