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息子が学校に行けた日

侍JAPANが世界一に輝き、間違いなくパワーをもらい、約ひと月ぶりに息子が登校した。明日が修了式。中2が終わる間際の今である。

いろいろなことがありすぎて、今も still on the process である。でも、人生とは、死ぬまでが still on the process ではないか。

今朝、友達の家まで送り、そこからその友達と一緒に登校して行った。近隣の小学校は今日が卒業式で、送るまでの車中から、雨の中袴姿で歩く女の子たちを見かけた。

母→あー今日卒業式だね。袴着てる子がいるよー。雨の中大変だー

息子→卒業式か、俺らの時はめっちゃ晴れてた。あの頃が1番楽しかったな

母→そうだよね、でもきっと、それを上回るほど楽しい日がくるよ(言ってみてちょっと違和感)あーでも、違うかも、来ないかも。子供の頃のそういう楽しいのって、ほんと特別なんだよね。佐々木朗希がこないだ情熱大陸出てて言ってた。震災前は毎日野球しかしてなくて、3人とかで、守備いないから投げて打つだけなんだけど、アウトセーフとかで毎日ケンカして帰って、あの頃が人生で1番楽しかったですね、て。

息子→あー、俺も毎日ケンカしてたな

母→だよねー。だからさ、大人になってきてるってことなんじゃん?子供の頃みたいな楽しさはもうないかもしれないけどさ、朗希は世界一になったもんね


緊張からか、生活の乱れからか、いろいろなものが相まって、一睡もできなかったという息子は、小学生時代からずっと一緒に野球をやってきた友達と共に、何食わぬ顔で登校して行った。

また明日、学校に行けるかは分からない。新学期、どうなるかもさっぱりわからない。でも、それでいい。

このふた月、毎日ドラマみたいなことの連続だった。一喜一憂、喜怒哀楽。揺さぶられ、ゆらぎまくり、上がっては落ちて、落ちては上がった。

生きてる、生きてる

全ては必要で起こっているのだと、その確信が増していく。学校に行けなくなったきっかけとなる出来事はあったが、それはほんのきっかけに過ぎず、これは彼の壮大な人生の旅路において、どうしても通過せずにはその先は行けない道なのだと思う。

感じろ!
味わえ!
逃げろ!
味わえ!

何もしたくない、何も感じたくないとシャッターを下ろしてすべてから逃げる、その渦中にも、必ず感じているし、何かを受け取っている。

人生はドロドロしていて、白だか黒だかわからないことだらけで、自分の存在は一体なんなのか、分からない、混沌として、どこにも抜け道がないような、そんなことが、間違いなくあるものだ。

そんな中を、ただ生きればいい。いつか、全てが自分であって、全てはつながっていて、全部あっていい、そのまんまの、凸凹の自分で、100%完璧なんだよな、てことを、受け取れる日が来る。きっと。

母にできることは、ない。

ただただ、共にあることだけだ。

どんな時も、どんなことがあっても、命への信頼だけを手放さず、ここにいるよ。生き続ける。いつまでたっても未熟で未完成で、でもだからこそ生きていけるんだよって、胸を張って楽しく生きていくこと。わたしが。

母として、じゃなく、大人として、でもなく、ただただ、世界にたった1人のわたしとして、わたしがわたしを生きていく。

キミも、キミのまんまで、キミらしく、生きていけ。その凸凹こそが誰よりも愛すべき自分だと、いつかきっと、心から腹落ちする日が来るよ。

共に生きよう。

侍たちは教えてくれた。リアルはドラマを遥かに超えるということを。

わたしだけの、キミだけの、リアルを生きよう。


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