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プーチンのロシア観の形成に貢献した極右神秘主義作家:アレクサンドル・ドゥーギン

ワシントン・ポストに5/12/2022に掲載された記事の翻訳です。

アレクサンドル・ドゥーギンは、ウクライナ戦争を、伝統的な秩序と進歩的な混沌との間の、より広い精神的な戦いの一部であると見ている。

写真:ロシア極右の知識人であるアレクサンドル・ドゥーギンは、伝統主義思想(オカルト的で反動的な思想の一種)を提唱している人物である。彼の思想は、プーチン大統領に強い影響を与えている。(フランチェスカ・エーベル/AP)

ウラジーミル・プーチンは、宗教的な色合いを帯びた文明の衝突、すなわちユーラシアと西洋との衝突という考えを持ち出すことによって、ウクライナへの侵攻を正当化しようとすることが多い。プーチンにとってモスクワは「第三のローマ」であり、ローマ帝国とビザンチン帝国の遺産を精神的、文化的に継承し、明らかに反ヨーロッパ的な支配の中心であり、自由主義的近代化、多文化主義、進歩的価値観の脅威に対抗できるほど強力(かつ権威的)な存在なのである。

この見解では、独立したウクライナという概念は、退廃した西側の「世俗的権威」によって広められたフィクションである。その代わりに、ロシア大統領にとって、ロシアとウクライナは「精神的統一」の中に存在している。正教会の信仰を共有しているだけでなく、両国民が「古代ルス」(キーウを中心とする中世の連邦)の血統と文化の祖先であると主張しているからである。この「精神的統一」という考え方は、プーチンの思想に神秘主義的な傾向があることを示唆している。実際、彼は帝国戦争を、伝統的な秩序と進歩的な混沌との間の、より広範で神話的な戦いの地上での顕現とみなしているようである。この神秘主義を理解するために、つまりウクライナへの攻撃を支える思想を理解するために、プーチンが最も大きな影響を受けた人物の一人、極右のオカルト作家で哲学者のアレクサンドル・ドゥーギンに目を向ける必要があるだろう。

国際メディアから「プーチンのラスプーチン」「プーチンの頭脳/ブレーン」と呼ばれるドゥーギンは、ワシントン・ポストのコラムニスト、デヴィッド・ヴォン・ドレーレも指摘しているように、プーチンのウクライナ戦略の事実上の立案者であると言っても過言ではないだろう。プーチンとロシア正教会の熱烈な支持で知られるツァルグラードTVの元編集長であり、プーチンとの関係の詳細については常に口が堅いが、彼の言葉やレトリックは長い間クレムリンによって採用されてきた。ほんの一例だが、2013年と2014年に彼が使った「ノヴォロシヤ(新ロシア)」という言葉は、ロシアが主張したい東ウクライナの領土に対して使われ、その直後にクリミア占領を支持するプーチンのプロパガンダ的な言葉に反映されたのである。ドゥーギン(の本)を読んだことのある人なら、世界におけるロシアのあるべき姿についてのプーチンの最近の演説に、彼の思想の響きがあることは間違いなく、また不気味でもある。

1962年、ソ連の高級官僚の家に生まれたドゥーギンは、1990年代、極右新聞『Den』のライターとして全国的に有名になった。1991年に『Den』に連載されたマニフェスト「大陸大戦争」では、ロシアを「永遠のローマ」として、個人主義、物質主義の西洋「永遠のカルタゴ」と対峙させる構想を打ち出した。1990年代初頭、彼は物議をかもしたパンクポルノ小説家エドゥアルド・リモノフと共に国民ボルシェビキ党を設立し、ファシストと共産主義のノスタルジックなレトリックとイメージ、エッジーで皮肉な(そしてそう皮肉でもない)反抗、そして本物の反動的政治を融合させることに成功した。党の旗は、赤地に白丸の中の黒いハンマーと鎌で、鉤十字の共産主義的な鏡像であった。党の半ば真摯なマントラ?「Da Smert(そうだ、死だ)」と、ジークハイル風(ナチスの敬礼)に腕を上げだ。

ウィキペディアより

1997年に出版された『地政学の基礎』はブレイクした。1997年に出版された『地政学の基礎-ロシアの地政学的未来』は、スーパーマーケットのレジカウンターに置かれるほど人気を博した。偽情報とソフトパワーを駆使して、人種や政治的緊張を煽るなどして米国内の「あらゆる形態の不安定と分離主義を誘発」し、国内ではナショナリズムと権威主義を強化するという、今ではすっかりおなじみになった対西側対策のプレイブックが示されている。

2002年、彼は極右政党ユーラシアを結成し、「プーチン政権の多くの人々に歓迎された」とロシア・アナリストのアントン・バーバシンとハンナ・トバーンは『フォーリン・アフェアーズ』誌に書いている。また、愛国的政治集団ロドリアのリーダーで、現在は”ユーラシア統合“に関してプーチンの最側近であるセルゲイ・グラジエフとの”強い絆“も指摘されている。

ドゥーギンとその信奉者は、ロシア帝国拡張のいくつかの重要な瞬間に関与してきた。2008年のロシア・ジョージア戦争ではオセチア紛争地域で活動し、2014年にはウクライナの分離主義活動家と協力した。2009年、彼は名門モスクワ大学の社会学部国際関係学科長に就任したが、その後、おそらくウクライナ人の大量虐殺を求める扇動的なコメント(「殺せ、殺せ、殺せ」)の結果、2014年に- 議論のある状況下で- 追い出された、とBulwarkのキャシー・ヤングは指摘している。プーチンの推薦がなければ存在し得ない状況である。

ドゥーギンの著作を広く読めば、彼の目標は、強力で権威主義的なロシア国家の復活と、ロシアの敵、特に自由主義的な欧米の内部分裂という、単純明快なものであることがわかる。ドゥーギンが『基礎』や2009年の『第四の政治理論』で主張したように、現代の世界秩序は、”大西洋“アメリカやヨーロッパに代表される「人権、反ヒエラルキー、政治的正しさ」の勢力と、「ユーラシア」ロシア文化の間の戦いとして理解しなければならなかった。

しかし、ドゥーギンが描くロシアの復権は、地政学的な秩序以上のものである。ドゥーギンは、伝統主義と呼ばれる、明らかにオカルト的で反動的な思想の系統を公然と信奉している。伝統主義はしばしば非歴史的に古い系譜を主張するが、おおよそ19世紀の黄昏時にパリとその周辺に住んでいた反動的な芸術家や作家のネットワークに年代を定めることができる。ダンディとデカダン、反動的なカトリックとシュールレアリストの悪魔主義者、無一文の貴族と肩書きの詐称者、このサークルは、リベラルモダンの問題点、特に精神の乾燥と、半ば想像上の、神話上の過去の世界秩序を定義するとされる(しばしば人種や性別の)ヒエラルキーの放棄を疎外し、拒否することによって定義されていた。このサークルは、あらゆるオカルトに対する情熱、つまり魔術的な芸術に対する真摯な関心と、徹底的に前衛的な衝撃を与えたいという願望との融合によって定義されていたのだ。それは、名誉や秩序、権威のある世界であり、ある者は当然ながら主権者であり、ある者は奴隷であることを理解している人々である。

これらの人物に影響され、フランス人のルネ・ゲノン(1886-1951)やイタリアのファシスト・神秘主義者ジュリウス・エヴォラ(1898-1974)などの伝統主義者達は、これらの知的潮流を(ある程度)一貫した物語に仕立て上げたのである。世界はかつて階層的で純粋だったが、今は神話の英雄の時代ではなく、むしろ「カリ・ユガ」(ヒンズー教から大まかに借用した言葉)、つまり混沌とした平凡の時代に生きている。誰もが自分の社会的機能を知り、それを尊重するという自然の摂理は、民主主義という偽りの約束によって覆されたのだ。ゲノンは、「もはや、誰も自分の居場所を確保できない」と嘆いた。しかし、オカルトの入門者達が手に入れ、時代を超越した賢い精神的貴族たちに伝えられた秘密の真理は、過去の栄光を復活させる可能性があるのだ。

ドゥーギンは伝統主義への傾倒を公言している。彼は、ネオナチ、パンク、悪魔崇拝者が混在するゲノンに傾倒したユージンスキー・サークルの一員として、知的成熟を遂げた。彼の最初の出版物の一つは、エヴォラの著書 "Pagan Imperialism "のロシア語訳であった。彼は、政治的正しさと自由主義をカリ・ユガの前兆とし、ユーラシアの秩序を「微細と粗大、魂と肉体、社会と自然の両方の現実の全てのレベルを貫く精神秩序」と称し、熱烈に支持している。ドゥーギンにとって、全ての伝統主義者と同様に、文化戦争は宇宙の戦場であり、悪魔として明確にコード化された自由主義秩序に対するジハードなのである。

ドゥーギンの影響力、そしてより広範な伝統主義者の影響力は、ロシア国内にとどまらない。歴史家のゲイリー・ラックマンが指摘するように、ハンガリーでは極右指導者のガーボル・ヴォナが伝統派の精神的アドバイザーであるティボル・バラニと契約し、エヴォラの本『右翼の若者のためのハンドブック』に序文を寄稿している。ギリシャの「Golden Dawn(黄金の夜明け)党」は、エヴォラを読書リストに載せている。米国でも伝統主義が極右運動を支えてきた。著名な白人民族主義者リチャード・スペンサーの元妻ニーナ・クープリアノヴァは、ドゥーギンの著作を英語に翻訳している。極右研究者のベンジャミン・タイテルバウムが2020年の著書『永遠の戦争』で大々的に報じたように、ドナルド・トランプの顧問だったスティーブン・K・バノンは、しばしば伝統的思想への関心を口にしている。

世界政治がオカルト神秘主義者のヴィジョンに支えられているという考え方は、ダン・ブラウンの小説に出てくるようなものだと思われるかもしれない。しかし、少なくとも19世紀以降、反動的な運動には強力なスピリチュアルな傾向がある。疎外された近代と見なされるものを、秘密の知恵と清らかな流血、より原始的な存在への回帰を予言する終末の約束によって再び魅惑しようとするものである。ドゥーギンが2017年に「60ミニッツ」で語ったように、「我々は自由で解放される必要がある。国家として、国民として物理的にだけでなく、ロシアのロゴ、ロシアの精神、ロシアのアイデンティティーの復活がはるかに重要なのだ 」と言う。

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