応援したいラーメン屋さん
安くて美味しいラーメン屋さんに、3年ぶりぐらいに行った。
職場の人に教えてもらった昔ながらのたたずまいのラーメン屋さんで、「ここのラーメンなんか好きなの、なんかね」と彼女は言っていて、どういうことなのだろう、と思っていた。
初めて行ったのも確か冬だったと思う。商店街の一角にある、こぢんまりとしたお店で、店内に足を踏み込むと、ピンポーン、と音が鳴った。
「はーい」と少し腰の曲がった、可愛らしい店主の女性が出迎えてくれた。わたしはカウンターの席に座って、メニューを見た。
…やすっ。
書かれていた値段に驚いた。ランチセットで600円以下。こんなに安くていいの、おばちゃん、と思いながら、かやくご飯と味玉ラーメンを注文する。おばちゃんは厨房に入って、ラーメンを作り始めた。どうやらひとりで切り盛りしているらしい。
店内はわたしともうひとり、お客さんがいた。店内はずっとジョン・レノンの歌声が流れている。ラーメン屋とビートルズ。その絶妙なミスマッチさが、全く喧嘩せずにうまく共存しているところが、面白いなあと思う。
…はやっ。
ラーメンはすぐに出てきた。この値段でこの量はうれしい。ラーメンのスープをすぅっとれんげにすくって、こくりと飲む。その瞬間、「お」と思った。職場の彼女が言っていたことが、すぐにわかった。美味しいという感想以上に、とにかくやさしいのだ、素朴でやさしい。なんだかなつかしささえ感じる。これは使っている食材だけの問題じゃない。つくる人の人柄がそのまんま、あらわれている。
かやくご飯もひとくち食べると、これまたやさしい。やさしいけれど、味がぼやけていない。しっかり薄口醤油の味がする。わたしがかやくご飯をつくるとき、ほぼ味が決まらずぼやけるのだけど、なぜここまできれいに醤油の味が決まるのか不思議だ。もし、わたしがおばちゃんにレシピを教えてもらって、材料を揃えてつくったとしても、同じように決まらないだろう。
厨房のおばちゃんのほうをみると、バッチリ目が合った。にこにこしながらおばちゃんはこちらに近づいてきて、「なにか?」と尋ねた。急だったので言葉に詰まってしまって、あ、あの…大丈夫です…、と言うと、「あらそう、なにかまたご注文かな、と思ってね、うふふふ」と奥の厨房にゆっくり入っていった。その様子が本当にかわいくて、いいなあ、と思いながら、水を飲んだ。ラーメンを食べ終わったこともあって、体もこころもほかほかの毛布につつまれているようなあたたかさを感じている。
直感的に、このお店がつぶれてほしくないなあ、と思った。この商店街の一角にずっとあってほしいし、ビートルズもずっと流れていてほしいし、やさしい味が変わってほしくない。商店街のお店は潰れたり、また新しいお店ができたりして入れ替わりが激しいけれど、このお店だけはここにずっとあってほしいなあ、と思った。
またそのうち来よう。ごちそうさま、といって店を出た。
そんなことを思っていたのに、ここのお店でラーメンを食べることはもうなかった。職場が変わってお店の前を通ることが少なくなったり、「今日は行ってみよう」と思って外からお店の様子をのぞいたら満席だったりで、(わたしが入ったあのときは、本当に運良くたまたま空いていて、この満席状態が通常運転らしい)、気づいたら3年経っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
この日、郵便局に用事があり、寒かったのでラーメンでも食べたいなあと思い、このお店のことを思い出した。外からのぞくと、そんなにお客さんもいない。店に足を踏み込むと、あのときと同じ、ピンポーンと音が鳴った。
いらっしゃいませー。
店には男女のカップルがひと組と、金髪のお姉さんがいた。男女のカップルは、ラーメンの湯気をはさんで向かい合い、会話をすることもなく、黙々とラーメンをすすっている。金髪のお姉さんはラーメンを待っているらしく、両肘をカウンターテーブルにおいて、スマートフォンをぽちぽちやっていた。厨房にいるおばちゃんはワタワタと忙しそうで、重そうなラーメンの鍋を持って、行ったり来たりしているのが見える。なんだかおばちゃんを急かしてしまっているみたいで、申し訳ない。
なににしましょ。
おばちゃんは金髪のお姉さんにラーメンを運んだあと、注文を訊きにきてくれた。壁に貼られた手書きのメニューは健在だ。ぼーっとしていたわたしは、注文のことを何も考えていなくて、とっさにしょうゆラーメンと白いご飯のセットを頼んだ。なんと400円。
ええええ。
スーパーでお弁当を買ってももっと高いのに、あたたかい料理をこの値段でいただけるなんて、本当にこんなに安くていいの、おばちゃん、と3年ぶりに思う。運ばれたしょうゆラーメンのスープは、やっぱりやさしかった。上にのったチャーシューとメンマもネギとたわむれ、心なしかくすぐったそうにのっている。チャーシューを食べると、ほろりとやわらかかった。
「わたしも髪の毛をピンク色に染めたいわ」
おばちゃんの声がして、顔をあげると、隣の金髪のお姉さんと話していた。この金髪のお姉さんは、ここのお店の常連らしい。
「息子がね、髪の毛をピンク色に染めてね、学校に呼び出されたことがあんのよ。ちょっとやんちゃしててねー。で、あたしも髪の毛ピンクに染めようかな、って息子に言ったら、やめときなって言われたわ」
まあ若い頃はそういうことしたくなるよね、と金髪のお姉さんは、もぐもぐラーメンを食べながら、うなずく。
「髪の毛をピンクにしてかわいいのはね、20代前半までよね。それが似合うのよ、また。とっても、よく。でもね、わたしは髪の毛をピンク色にしたい」
お姉さんの金髪見てたら、そんなことを思うのよ、うふふ、と言った。よく見たら、おばちゃんの耳には、キラっとしたイヤリングが揺れている。素敵。
おばちゃんって、かわいらしいおばちゃんだと思っていたけれど、本当はすごくロックなひとなのかもしれない。格好いい。なんてったって、BGMはビートルズ、愛され続けた、ビートルズだ。おばちゃんならピンク色の髪の毛も絶対似合うと思う。
麺をすすりながら、コロナ禍を経たあともお店の看板のライトが変わらず点いていて、行きたいお店に足を運ぶことができて、店主の元気な姿を見れるということは、本当に尊いことなのだなあ、と思った。「美味しいお店」とは、直感的に「つぶれてほしくない」と思わせる「なにか」があるのだろう。その「なにか」とは、味はもちろんだけれど、お店の雰囲気であったり、人柄であったり、お客さんのことをどれだけ思っているかであったり、味以外の部分で構成されているところも大きいのかな、なんて思う。
今度はもう少し、近いうちにお邪魔しよう、と思いながら、お店を出た。
ありがとうございます。文章書きつづけます。