大学を出れば選択肢が広がる、とも限らない

よく、就職の選択肢を広げるためによりいい大学にいく、いかせる、という話をきく。
(なにがいい大学かはここでは議論しない。世間一般の印象による「いい大学」という意味)
しかし、大学にいけば、選択肢は本当に広がるのか、というと正直疑問である。

世間、とくに、家族、親戚、ご近所、親の職場の人、同級生などによって構成される近い世間の、無言の圧力や要請によって、就活生の選択肢は驚くほど狭められている。
なかでも、地方では女子に対しては地元に縛り付ける圧がとても強く、男子に対しては有名どころで稼げるようにならせる圧がとても強い。
近しい人々による世間は、地元で就職しろ、公務員になれ、先生になれ、(一部上場企業などの)有名企業に入れ、この大学ならこのくらいのところで働くべきだ、等々、とにかく、人に期待しすぎる。しかも真にその人を見て言っているわけではなく、見栄や自慢したい気持ちなどによる場合がほとんどであるし、子どもが立派な親と同一視されることもあれば、親の人生の代理戦争の様を呈している場合もある。

近い世間に知られていない仕事や価値観は、言ってみれば「異端」であるので、理解させるかそこを抜け出さない限りバッシングに遭うことになる。
この周囲の期待に応えたい思いで圧力に逆らえずに就職活動をしている学生がどれだけいることか。
自由になんて選べていないし、選択肢なんて全然広くない。

「○○大学(○○学部)出たのに○○なんてもったいない」
「〇〇大学(〇〇学部)なのになんで〇〇?」
世間は簡単にこのような言い方をする。
私も学生のころ、このようなメッセージをいたるところで見聞きして憤懣やるかたなかった。
他人が自分のイメージ通りに生きないことがそんなに不満か。
「のに」「もったいない」ってなんだ。なぜそれを他者が決められるのか。
「○○なんて」ってなんだ。やったこともなったこともないくせに。
今、どこかで誰かがそんなようなことを言われて何かを反対されているなら、私はいつでも憤りたい思いだ。

学生は、これが近しい世間から浴びせられることもあれば、就活先の企業の誰か、就職後に職場の誰かからも浴びせられたりする。就職しない選択ならなおさらひどい。
そしてほんとうに悲しいことに、実は、大学もその一派の一人である。
県内圏域内出身者はどれくらいだ、地元就職率はどれくらいだ、卒業生はこんなところに就職した、公務員合格者は何名だ、等々、大々的にアピールする。地元就職率なんて数値目標まである。こうしてだんだんと「そうしろ」という圧力を醸成していってしまう。

そういうメッセージを組織的に送り続けてしまうことが心底嫌だ。
学生には一人ひとりの人生を自由にしあわせに生きてほしい。
あなたは大丈夫だと、自由にしていいと、言ってあげたい。
ほんとうの意味で、選択肢を広げてあげたいと思うのだ。

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Par-Par-T

元文芸部員。大学は文学部を卒業、文学研究科(博士前期課程)修了。かつて東京でSEをやっており、現在は地方の大学職員。 私が何を考えるどんな人物であるかは、マガジンの「自分のコア」を読んでもらえると、なんとなくわかるかと思います。 性格診断やってみたら何回やってもINFPでした。

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