できることといえば

今日は少し調べものをして、制度設計に関するいくつかの論文や研究報告書に目を通して、いろいろ考えていたら、定時後に軽く2、3時間経ってしまった。
こういうとき、私は超過勤務をつけない。直接的には今私に任せられている仕事の範囲ではないから。

今、業務上関わっているとある制度が、来年から変わろうとしている。
そのための議論をするのは、学内の各組織の長レベルの先生方で、事務方(この言い方を好まない人もいるけど)は資料を作って議論の行く末を見守り、決まったらそれに合わせて本体の規程類を改定し、実施規程やら要領やらで手続きを定めて、システムや手引きなんかを修正する。
人に周知説明するのは圧倒的に事務だし、制度変更による反応をダイレクトに受けるのも事務だから、まぁいろいろお勉強は必要になる。感覚だけで話をしないためにも、最低限知識をつけておかないといけない。

そんなわけで、今日は勉強していたんだけれども、実のところもう一つ理由はあって。

新しい制度が生まれようとしている傍ら、今日も今日とて旧制度絡みの問題が現場ではいろいろ起きていて、深刻な問い合わせを受けていたのでその対応のことも考えていた。

完璧な制度なんて世の中にはない。現行の制度で困っている人はいて、それは制度が新しくなることで解消されても、それとはまた別の新しい問題が発生して、また困る人が出てきたりする。制度というものには常にいろんな壁があって、割に合わない人や、損する人、不公平に泣く人は、必ず出る。
これはもう、運命のようなもの。
制度の厳正なる管理運用を任される事務職は、毎度毎度、わかってるけどどうしようもない、してあげたいけど何もできない、の狭間によく追い込まれる。それで無力感や虚無感に苛まれることも、よくある。板挟みにあって、しょうがないよ、って諦めてしまいそうになることは、とても、とても、よくあるんだけど。

でもね。
それでも私は「できません」とは言いたくない。
困って窓口やメールや電話で助けを求めてきた先生や学生に、「無理です、諦めてください」なんて、簡単に言いたくないんだ。

できることなら、
「大丈夫、なんとかなります。」
「諦めないで、まだ手はある。」
「こうするのは、どうですか。」
って、言ってあげたい。

そう言ってあげるために、私は制度を調べ上げる。
抜け道だってなんだっていい。
なにか、手はないか。
どうにか、できないか。
そうやって調べて調べて考えてあげることしか、事務にできることなんて、ないからさ。

制度そのものを変えたり、特例を認めたり、状況を変えたりする直接的な権力はないことはわかっている。だから、その代わりに、調べて、考えるんだ。
それだけが、運命に抗う、誰かを救うための、私にできる、唯一の方法なんだ。

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元文芸部員。大学は文学部を卒業、文学研究科(博士前期課程)修了。かつて東京でSEをやっており、現在は地方の大学職員。 私が何を考えるどんな人物であるかは、マガジンの「自分のコア」を読んでもらえると、なんとなくわかるかと思います。 性格診断やってみたら何回やってもINFPでした。

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