フェイク(50首) 第三回笹井宏之賞応募作品

先日発売された短歌ムック「ねむらない樹-vol.6」に、第三回笹井宏之賞応募作の10首抜粋が掲載されました。選考委員、ならびに関係者の皆さま、ありがとうございました。

これまで新人賞の応募作公開はほとんど行っていませんでしたが、この作品は自分でもいい意味で「あまり作りこまれていない」作品であり、そういう意味で以前の投稿時代の歌のように気軽に読んでもらいたいなと思ったので、noteにて全50首を公開します。お読みになられた方、感想などいただけると今後の励みになります。よろしくお願いいたします。

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フェイク(50首) 貝澤 駿一

桜並木のあいだからさす陽にふれるここにいることためらいながら


解散した漫才コンビのボケの名をおもいだせない春の交差点


銭湯の明かりがにじむ路地をゆく父の背中をこえないように

〈旧〉がつく街道〈新〉がつく街道〈新〉の方には行かずに曲がる

スケジュール帳に〈新居〉とだけ書いてそこから引いたながい矢印

ペイズリー柄のカーテン父が選びそれだけ浮いてしまったような

あんたは黙って見ていなさいと母は言いキッチン周りを整えてくれる

グレーのパーカーばかり着ている三月はまだ雪が降る季節だ 東京

YouTuberをはじめた友に電話して〈日常〉という語をかみしめる

生きるためには金が必要留学して無職になってYouTube選んで

くりかえすシャドウピッチの静けさが自分の呼吸だけをつたえる

アボカドの中の小さな惑星をこわさぬようにすくいとる朝

ゴミ出しの曜日を今日もまちがえた詩を捨てる日はとうぶん来ない

昼寝から覚めると空は晴れていてクラフトビールの瓶がきらめく

干しっぱなしの靴下の影ゆれている壁は白くてまだあたたかい

することがなくなってきて雨を見る午後 停滞はまたすすむため

避難所になる学校をたしかめる春の嵐の予報にふれて

ついへんなフェイクを入れながら歌うひとりの部屋のRadiohead

雨も風もたいしたことはない 窓に左手で描くへたくそな龍

プールサイドで自分の番を待つような体育すわりにおさまる湯船

工場と団地をつなぐサイクリングロード眠れる河をたたえて

おばあさんだらけのバスが駅前からプラネタリウムへ向け発車する

ヘルメットのあざやかすぎる整列よいま戦場があればぼくらは

永遠の〈部員募集〉のポスターがニセアカシアの葉にかくされて

五線譜のような電線この町の空にはどんな音楽が降る

スパイクの泥を落として(スパイクとスピカは同じ語源)春風

ひっそりと木陰にねむるもうひとを乗せることなきライオンバスは

遊歩道にすれちがうとき少年の風にほほえむスケートボード

葉桜を見上げてつぎの春までの約束 ひかりのうろこを剥がす

ひだまりは手に取れるときこぼさずにつかまえておくどんな今でも

コンソメを煮こんでいつか雨の多い春だったなと笑えるために

微熱それは詩のごとくありスウェットの少しふくれてけやき道行く

空にちかき葉はこすれあう空にとおき葉は離れゆく風の公園

遮断機はいっせいに空を向きはじむとおき日のせいくらべのように

無限とう語のなつかしき暴力のはてなる空をおよぐ帆船

あの空はおよぐものだと信じたる少年の日を鱗と思う

水平線に帆からゆっくり顔を出す船のようなりきみの寝起きは

ひだまりのきみのあくびがうつりゆくその数秒を凪いでいる風

夏服とタオルケットにくるまれて海のかたちに眠りゆきたり

起き上がるとき帯びているその熱が生きていることだけをつたえる

庭柳の葉のあいだから見る空が泣き出しそうなほど青かった

ビル解体工のうなじのうつくしき泥 夭逝の詩人がやどる

マウンテンバイクを等間隔に停め少年たちは夏へ入りゆく

石段を風の速さで駆けていく双子が先導する駅伝部

少しおくれて一年坊主のほそき脚数秒のちにまたおくれだす

ため池の鯉遠雷にはねだしてベリーロールのしぶきをはなつ

びしょぬれの子どもがつかむびしょぬれのラムネの瓶が透かす夕空

境内に打ち水すれば流れゆくひとつが泥だらけの河になる

有刺鉄線途切れて夏の太陽にもうきらめかぬ水無川は

ケルベロスの頭をひとつ天空へむけてここより歩き出したり


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2020年度の新人賞レースは、序盤戦こそ空気でしたが、後半戦は現代短歌社賞・歌壇賞・笹井宏之賞と続けて候補にまで残れたことで、存在感は示せたと思います。やってきたことは間違いではなかったという安堵とともに、あともう少しの進歩が必要なんだなということも実感しました。あともう少しだけ、挑戦を続けていきたいなと思います。

それでは、ここまで読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

2021.2.6 貝澤 駿一


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