【書評】茂木大輔『交響録 N響きで出会った名指揮者たち』(音楽之友社、2020年)

2020年10月5日、茂木大輔さんのご新著『交響録 N響きで出会った名指揮者たち』(音楽之友社、2020年)が上梓されました。

本書は、オーボエ奏者で指揮者の茂木さんが、1990年から2019年まで首席オーボエ奏者として在籍したNHK交響楽団で共演した指揮者のうち、特に記憶に残った34人を取り上げ、印象的な出来事や思い出が綴られています。

1990年11月に初めて共演したヴァーツラフ・ノイマンから2017年10月のクリストフ・エッシェンバッハまで、巨匠から若手まで彩り豊かな指揮者との共演の様子を、文筆家としても名を成す筆者が瀟洒な筆致で振り返ります。

20世紀の途中までオーケストラにとっての指導者であり、教師であり、君臨するカリスマであったのに対し、20世紀後半から21世紀にかけて、世界中のオーケストラの演奏能力が飛躍的に向上したことで、むしろ音楽の時間の中にオーケストラとともに身を置き、瞬間ごとの音楽思考を重ねていけることが重要な資質となる、というのが、筆者の「指揮者観」です。

こうした見方は演奏者として第一線で活躍するだけでなく指揮者としても研鑽を重ねる筆者ならではのもので、こうした視点から描き出される34人の姿は自ずから印象的なものが揃うことになります。

確かに練習の具体的な内容や演奏の細部についての言及が少ないのは、第一線で活躍する指揮者の実像に迫るためには物足りなさを覚えるものかもしれません。

しかし、本文の中でも触れられているように、「自分に注意されたことしか聞いていない」という音楽家のある種の特質を反映した結果であるとともに、練習や演奏の詳細といった個別の内容よりも指揮者そのものの音楽に対する取り組み方や楽屋での何気ない一言などがかえってそれぞれの本来の姿を現しているということを筆者が直感的に見抜いたためと言えるでしょう。

また、演奏者との信頼関係の深さから予定された練習時間よりも早く切り上げるヴォルフガング・サヴァリッシュや外山雄三と、双方に絶大な信頼を寄せながら予定通りの時間まで練習を行うヘルベルト・ブロムシュテットの違いや、「ラヴェルなどのフランス音楽には独特の音色があり、それを実現するための演奏法(ことに弦楽器)がある」という方針で作品に臨んだシャルル・デュトワの姿から、オーボエ奏者から指揮者に転じたエド・デ・ワールトの話題に関連して、元来オーボエとクラリネットはそれぞれ自分が旋律楽器の主役と考えているから暗黙のライバル関係にあるといった逸話が紹介されるなど、本書には茂木さんのこれまでの演奏者としての経験と指揮者としての知見がちりばめられ、さらに随筆家としての手腕が遺憾なく発揮されています。

それとともに、われわれ読者としては、「この指揮者が選ばれているのか、意外!」、「あの人が載っていないのは残念」と、聞き手の見る指揮者の姿と演奏者の側からの評価との異同がどの程度かを知ることも、本書を読み進める際の楽しみの一つです。

2026年に創立100周年を迎えるNHK交響楽団の20世紀末から21世紀初頭の歴史を概観するとともに、指揮者と演奏者の関係を通して交響管弦楽のあり方を知るという意味でも、『交響録 N響きで出会った名指揮者たち』は格好の好著であり、続編の上梓も期待される一冊と言えるでしょう。

<Executive Summary>
Book Review: Daisuke Mogi's "The Great Conductors I Met the NHK Symphony Orchestra" (Yusuke Suzumura)

Mr. Daisuke Mogi, a conductor and Oboe player, published a book titled The Great Conductors I Met the NHK Symphony Orchestra from the Ongaku No Tomo Shaon 5th October 2020.

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