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ツイストパーマと真夜中のモスバーガー

【535】

つくづく若さというのは武器になるものだと思う。無理が効くってのは勢いを加速させるから。20歳、僕はとにかく今とは違う意味でアクティブだった。

社会人3年目になった頃にアルバイトを始めた。理由は稼ぎたかったから他ならない。今みたいに副業云々、働き方あれこれ言われていない時代のこと。就業規則だとかそんなのも気にしたことなかった。
その先ちょっとしたら結婚することになるなんて夢にも思っていない僕は、稼いで仕事を辞めようかと目論んでいた。

親に甘えることなく夢を実現させたいと若いなりに考えて社会人になって、貯金をしたら自分で学校へ行くお金を出して大学なのか専門学校なのかをイメージし始めていた。
根拠のない自信ってのは若さが加わると急加速して計画性を置き去りにした。
当時はまだ今よりもラジオDJへの夢への輪郭が残っていたんだろう。

いつからか仕事の休憩時間に手にしているものが中古車情報誌からアルバイト情報誌に変わる。

そこで見つけたアルバイトがモスバーガーの閉店後のメンテナンスの仕事。
シャキシャキってレタスの音も、じゅわわって揚げられるポテトの音も鳴らない夜中の仕事。

恥ずかしながら生涯1度だけガッツリとツイストパーマをかけたことがある。
他から言われる前に自分で言ってしまうと似合ってはいなかった。これは断言出来る。
アルバイトのときは閉店後でもちゃんとモスバーガー専用の帽子を被っていたけどチリチリの毛髪はあちこちからはみ出していただろう。

夜に出勤なのに「おはようございます」って言うのはあのときが初めてだったな。
チリチリヘアが帽子で押さえ付けられて帰る頃には奇抜ヘアになるのが正直イヤだった。
同じ苗字の女性の先輩がいて親切に仕事を教わる。
フライヤーの油を処分したり、トイレ掃除したり、窓を綺麗に拭いたりして。
モスバーガーでは確かにそうやってバイトしたけれど、かと言って作れるのか?と言われたら答えは”NO”だ。ちょっと面白い経歴。

関東に実家のある学生アルバイトのカンケ君は特に親切で、社会人の僕に丁寧に接してくれた。どんなやり取りがされたのか鮮明に覚えちゃいないけれど賞味期限の切れたパンズとシェイクをいつもくれた。それを翌日仕事へ持って行き、朝から職人の先輩たちとモスシェイクで乾杯した。

毎回ではなかったけれどカンケ君のリーダーの日はUSENを流しながら店内で仕事が出来た。
それ以外の時は無音で黙々とだったから日中仕事をしてバイト前にサッカーの試合をしていたりすると眠気も襲ったものだ。

いつだったか耳に飛び込んで来た曲があった。
BUMP OF CHICKEN『天体観測』。

同じ頃に流れていたのはCHEMISTRYの『PEACE OF A DREAM』で、やたらこの2曲がアルバイトの思い出とリンクする。

その時は確かに見据えていた未来があった。
自分1人で生きる未来図。
地元を離れるだとか、仕事を辞めるだとか見えない世界を目指し始めて。夢を叶えることのイメージはきっとその姿になることであったかと思う。
今だからわかるのは本来の夢とは野望とはその姿になり、何を果たすのかが重要だから。
ただ、今以上を想い描きそこから逃げるように飛び出したい気持ちだけは一丁前に抱えてた。

バイト先ではそれぞれが黙々と作業をする。
自分の母親以上の年頃であろう女性が2人、それに女性リーダーかカンケくん。
厨房のステンレスには油汚れがこびりつくので、スプレーを振り撒きながら丁寧に拭く。ちょっと高いところなので、この作業は僕の担当になっていた。

『天体観測』が流れる店内。
BUMP OF CHICKENをまだ知らないときに耳にしたこの曲はクセになるメロディラインと歌詞に惹かれた。"午前2時"からはじまるストーリーはなんとも「なんだろう、この曲」と思わせていた。
それを聴いていた女性スタッフが、
「この曲なんていう曲なの?」
なんてカンケくんに聴く。
「天体観測ですよ、流行ってるみたいですね」そう答える。
「なんだか面白い曲ですね」
それぐらいで会話は途切れるのは毎度のこと。"面白い"が何を指すのかわからなかったけれど、若い僕にも確かにその面白さはジワジワと感じさせた。

支給された制服パンツに冬の時期なのでUNIQLOのダウンを着て通勤する。
今みたいに洒落ていないUNIQLOはそこでの仕事へ向けたモチベーションそのもの。
適当に行って適当にやって稼げて。それでいいと思うだけ。

ホームセンターの敷地内にある店舗だったので、冬は海風もあり寒かったけど駐車場にチェーンを張るもの仕事。
外まではUSENは聴こえないけど、すっかり脳内には『天体観測』が作業用BGMになって流れている。
清水の冬は寒くても雪とは無縁。見上げる空は星が綺麗に見えるところ。
駐車場の証明も消え、白い息を吐きながらチェーンを引きずる。
南京錠をかけて「ああ、寒い」一言溢す。

明日が僕らを呼んだって返事もろくにしなかった

未来を見据えていた。はずだったのに、単純作業は慣れになり、抱いた未来図は薄れていった。
いつまでやろうかな。そんな気持ちになるのは稼ぎにならず疲労が出始めた頃。
描く未来がどうなるのかなんて自分次第なのにとことん自分に甘くなって。

次第に自分を取り巻く状況が日々変わっていく。
未来を描けなくなった理由は結婚することになったから。子供を授かり、バイトを始めた頃の未来と変わってくことを感じてた。

見えないモノを見ようとして
望遠鏡を覗き込んだ
静寂を切り裂いて
いくつも声が生まれたよ

20歳、自分なりに描く未来に興味があった。
こんなところで終わるはずはないと小さな野心もあった。

どんなことが起こるのだろうと未来を覗き見るこの歌詞にゾクゾク感じて。
心の声は今よりもその先ばかりに希望を抱く。ちょっとした現実逃避。確かにある”今”から遠く未来ばかりに期待を膨らませて。
現在地から見据える未来が確かなものになるにはどちらもしっかりと生きていないとならない。
それはどうしたって結果論として今だからわかることではある。

「すいません、ちょっと今月で辞めたいです」と切り出した。
カンケくんは「そんな気がしましたよ」
と笑い、答える。
「結婚したんです。まぁいろいろと忙しくなっちゃって」そう伝える。
「え!若いのに凄いですね」
「オメデタなんです。それもあってちょっと…」申し訳なさげに言う。
「それじゃあ、あとちょっとだけど宜しくお願いしますよ」
カンケくんはいつだって爽やかで優しい。
書きながら思い出したけれど国分太一に似ていたな。そのせいで一時期は国分さんをテレビで見ると親近感を覚えたものだ。

いつからかツイストパーマはやめた。癖のあるキャラでもなかったし、やっぱり似合っていなかったから。
「そっちの方がいいです。最初のパーマ、印象強いけど」なんてカンケくんには言われたっけ。

半年足らずでやめたモスバーガーのアルバイト。
寒空の下、駐車場のチェーンを張りながら夜空の星に未来へと想いを馳せた。
随分と遠くばかり見ていたのに実際に居た場所は現在地から全然動いてやいなくて。
想いばかりが背伸びして何か出来るんだと自分に期待してた。

背が伸びるにつれて
伝えたいことも増えてった
宛名のない手紙も 崩れる程重なった

今の僕はこうなんだよって募る想い。
そればかりが独り歩きして成長して。

でも本当の自分のいる場所は未来に近付いてなくて、今さえもしっかりと見詰められていなくかった。
半年で目まぐるしく変わった現実。
それが『イマ』と言うほうき星だった。それを二人で追いかけることになっていった。

マックよりもモス派。それはアルバイト経験があるからかも知れない。

20歳、未来を見据えて動いて結果的に現実を知った。
真夜中、周囲は静まり返ったモスバーガーに流れる『天体観測』のメロディ。

あの頃見据えていた未来ではなくなった道を僕は今も生きている。
そうやって未来図は変化する。誰と描くのか、誰と迎えるのか。

どんな未来だったとしても「イマ」というほうき星を確かに踏みしめていたい。
それがいつだって未来へ向かう地盤になってくれるから。

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